十五歳の桃源郷 多田智満子 著 |
四六判 上製 本体価格2600円 ISBN4-409-16080-X (文学・エッセー/一般) |
≪目次≫ T |
≪著者、内容紹介≫ 多田智満子 ただ ちまこ 詩人・エッセイスト。英知大学文学部教授。 詩集:『薔薇宇宙』『贋の年代記』など5冊を収録した『多田智満子詩集』(思潮社現代詩文庫50)、その5冊に加えて歌集『水烟』詩集『蓮くいびと』『祝火』などの既刊詩集すべてを収めた『定本多田智満子詩集』(砂子屋書房)がある。 エッセイ:『鏡のテオーリア』(筑摩学芸文庫)『魂の形について』『花の神話学』(いずれも白水社)『神々の指紋』(平凡社ライブラリー)『森の世界爺』(人文書院)『動物の宇宙誌』(青土社)他。 訳書:ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』『東方綺譚』アルトー『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』(いずれも白水社)他。 ★ ☆ ★ ☆ ★ 学校へ行く必要もなく、井戸の水汲みといった単純な日常の仕事のほかには、これといってしなければならない用事もなく、青田に風が渡るのを眺め、蛙が鳴きしきるのを聴き、散歩に出ては林のなかにしゃがみこんで、茸が茶色の帽子をもちあげるのを眺めていればよかった。時間はゆるやかに流れ、せわしく秒を刻む時計の音はきこえてこなかった。・・・・戦争末期の世相をよそに、片田舎に仮寓した私はいわばエアポケットのなかにいたのである。これは少なからずうしろめたいことだとしても、しかし私にとっては稀なる幸せというべきであった。 (本書より) |