書名:民衆にとって政治とは何か

者:和田伸一郎

定価:2730円 (本体価格2600円+税130円)
サイズ:四六判並製 
285ページ 刊行日2009年7月 
ISBN978-4-409-04097-3 (社会・思想)

目次

序論 街路への権利

二〇〇八年六月、秋葉原通り魔事件/社会的なものの閉域性/政治的無力化/街路への権利/マスメディアによるヴァーチャルな霧と裂け目

第一章 〈社会問題〉化とネオリベラリズム

〈社会問題〉化されるフリーター(派遣社員)/住民と〈民衆〉/正規社員/非正規社員という区分への疑問/〈デモクラシー〉とそれを置き換えるものとしての三つの政治/階級権力再生プロジェクトとしてのネオリベラリズム/ネオリベが受入れられた背景/近代民主主義の三つの横顔/世界戦略としてのネオリベラリズム

第二章 政治的置き換え

民衆と政治との隔たりと、寡頭的なものとしての選挙/政治システムのねじれ、見せかけとしての政治改革/政策論議の欺瞞/二〇〇五−二〇〇六年、耐震強度偽装問題/ 政治的置き換え/ずれを舞台で上演するものとしての民衆の政治/二〇〇五年のフランス暴動/政治的置き換えとしての「敵対の転位」/警察からポリスへ/ 置き換えとしてのオイディプス化/オイディプス化/左翼と右翼

第三章 政治的情動とフランス六八年五月革命

純粋な政治的情動/日本の六八年を取り上げないさしあたりの二つの理由/国家プロジェクトとしてのポリス化/フランスの六八年五月革命を取り上げるさしあたりの理由/ 六八年五月概要/政治的情動とその鋳型/型を持たない民衆/回収されることに抵抗する反-組織性/潜在的出来事/学問的方法のいくつかの問題点

第四章 保守による民衆の政治の回収

保守による個人主義批判/保守による左翼批判/左派を批判する左派/六八年五月と、いまの連続性、今日の右派/保守による反動的大衆大動員

第五章 社会的なものと自由の空間

民衆の政治的活動の開花としての行動委員会と言葉の爆発/社会的なものの追放/テレビによる暴力的スペクタクル/秩序それ自体の拒否としての異議申し立て/ 自由の空間/支配関係の中断、支配の偶有性の露呈としてのデモクラシー/補足 震災後の町に生まれた自由の空気

終章 現実的なものへの情熱

現実界の逆説/現実界によって与えられる象徴界への脅威/象徴界自体の脆弱性/現実界への欲望/分割としての代表と、政治を汚染するシニシズム/ 能動的ニヒリズムあるいは虚無的テロリズム/受動的あるいは反動的ニヒリズム/減算的思考/弁証法的否定と減算/最小限の差異/ 現実的なものとしての友愛か、それとも代表された「国民のみなさま」か/最後に

補遺 公共サービス空間とその自由のなさ

公共サービス空間/事例@地震で家に帰してもらえない住民/事例Aなぜ苦情は政治的行為にならないか/事例B立ち入り禁止の公共広場/事例C禁煙空間/ 客体化から主体化への横滑り

あとがき
文献


著者紹介

和田伸一郎(わだ・しんいちろう)
1969年生。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。現在、中部大学人文学部専任講師。メディア論、哲学。著書に『存在論的メディア論:ハイデガーとヴィリリオ』(新曜社、2004年)『メディアと倫理:画面は慈悲なき世界を救済できるか』(NTT出版、2006年)。


内容紹介

政治のポテンシャルを解き放つ!

反貧困、反G8サミット、労働/生存運動など、人々の政治的情熱は、いま確実に高まっている。すべての人間が持つ政治的潜在能力を呼び覚まし、真に新たな自由の空間を到来させるための、気鋭による熱き思考。


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