○第115回(2012/4)
4月18日(水)、平凡社を去ることになった隅田君が、挨拶のため店を訪ねてくれた。社会福祉関係の仕事に移ると言う。決して出版に魅力を感じなくなったわけではない、また業界の陰りをひしひしと感じ、沈没の前に逃げ出す鼠のひそみに倣うわけでは決して無い、ただ、ずっと以前から社会福祉関係の仕事に着きたい、それも事務や経営の立場から福祉の仕事をしたいという希望があり、簿記なども学んでいたそうだ。35歳の今のタイミングでチャンスが与えられ、思い切って転職する、とのことだった。悩んだ末の決断だったろうし、人それぞれに自分の人生を歩み切り開くしかないのだから、ぼくにはもう言うことはない。新しい船出を祝福した。
ただ、本を巡って真剣に議論できる、隅田君のような人を失うのは寂しい。特にぼくが好きなフィールドである哲学・思想の分野では、代りはなかなか見つからない。
営業のために来阪した隅田君とは、新刊や企画の案内そっちのけで、議論した。隅田君は『言語哲学大全』の飯田隆先生の弟子で、ヘーゲリアンであるぼくとは「宗旨」が大きく違うが、それでも、否だからこそ、話していて面白かった。
特にサンデルについては、互いに決して引かなかった。
福嶋「分析哲学系の倫理学が、面白い筈無い。手を変え品を変えて色んな問題を出すだけで、堂々巡りで前に進まないに違いない。」隅田「ちゃんと読んだんですか!?」福嶋「読まんでも、それぐらいは分かる。面白い訳ない。」
まあ、「互いに引かない」と言うより、ぼくが乱暴すぎるのだが……。
「せめて、これぐらいは読んで!」と、隅田君は自社の『サンデルの政治哲学』(平凡社新書)を送ってくれた。サンデル自身のお墨付きをもらったコンパクトなこの本くらいは読んでおこうと前から思っていたので、すぐに読んで、ジュンク堂のホームページに短評を寄せた。サンデルのロールズ批判を一定程度評価しながらも、その共和主義が、あくまでアメリカ史の枠内にあるがゆえに、グローバリゼーションの時代におけるアメリカの覇権主義を批判できていない、とのその短評を、その部分については隅田君も納得してくれた。
さて、最後の訪問で隅田君と話していて心に残ったのは、彼が「大事なのは、何があるかではなく、何が無いか、なんですよね。」と言ったひとことだ。
それは、『「本屋」は死なない』について、ややアンビヴァレントな感想を述べたあと、主要な登場人物の一人である古田一晴さん(名古屋 ちくさ正文館)について語ったときに口にしたひとことだった。隅田君は、前に名古屋大学出版会にいたから、古田さんとは近い。
ランキングの重視(というより、それしか見ない)、同一企画の展開、「本屋大賞」にいくつもの書店が寄り合い競って店頭でも盛り上げることなどに、古田さんは、「他人と違うことをやるから、商売は成り立つのになあ。」と首をかしげる、という。ちくさ正文館は大型店ではないから、何でも置けるわけではない。置く本は、取捨選択しなくてはならない。その選び方に、古田さんの色が出て、古田ファンを作り出し、店に引きつける。「何があるか」だけではなく、「何が無いか」もまた、古田さんの個性である。
地方の書店も巨大化して、東京の店と同じような品揃えが可能となった。同時に個性が消えた。いわば「何でもある」ことで均質化してしまったのだ。自覚的に「何かが無い」店が、なくなってしまった。必要なものを集めると同時に、不要なものを削ぎ落とす。運慶が仁王像を彫り出すようなその作業(『夢十夜』第6夜)が、「かたち」を整える。確かに、何でも揃っているだけの店には、「かたち」が無い。古田さんのつくる書店空間に馴染み、古田さんの発する言葉に接してきた隅田君の「大事なのは、何が無いか」というひとことは、そのことを言い当てているのだろうと思う。
しかし、何人もの古田一晴がいる訳ではない。充分なスペースを使って多くの本を揃えることが、地域の読者に資するひとつの有効な方法であることは、否定できない。
大切なのは、「多くの本が揃っていればそれでよい」わけではないことを、知ることだと思う。更には、「何でも揃っている」と思っていても必ず何かが欠けていることを、知ることだと思う。どれほど多くの蔵書量を誇っていても、訪れた読者が欲するたった1冊の本が無ければ、その書店は「品揃えが悪い」のだ。「大事なのは、何が無いか」、隅田君のことばの意味を敢えてこのように読み替えよう。大事なのは、「何が無いか」に気づくこと。
その気づきに必要なのは、お客様のご要望をしっかりと聞き取ることであり、そのために必要なのは要望を引き出すことができる応接である。つまり、一回一回の接客をいかに丁寧に、真摯に行えるかにかかっているのだ。その積み重ねだけが、店の「かたち」を決めていき、それぞれの店の個性を生み出す。そのことによって、地域の大型店は、東京のコピーではない、地域に根ざした書店となっていくことができるのだと思う。
店の個性は、店のスタッフの主観や主張で形成されるものではない。店を訪れてくださるお客様の志向や要望が培うものなのだ。一回一回の接客がそのための触媒であり、その触媒が有効に働くために、書店スタッフの知識や感性、接客技術が必要とされるのである。古田さんもまた、そうした一回一回の接客の長年にわたる積み重ねを経て、ちくさ正文館の個性を築き上げてきたのだと思う。
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