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○第114回(2012/3)
3月はじめ、自宅マンションの階段で転んで、右手首を骨折した。翌日、接骨医で骨の位置を戻してもらってギブスを巻いた。痛みはほとんど感じなかったが、もちろん仕事には支障をきたした。PCがなければ、ほとんど何もできなかっただろう。ラヴェルのピアノ協奏曲を想いながら、左手だけでキーボードを叩いていた。
まさに身に沁みて感じるところがあった。 「たしかに感情は、人間をものごとに繋ぎ止め、その意味で受動的な状況に置く。けれども受動性とは、ブルーノによるなら、「されることができる」という一つの「力能」である。はたらきを受け入れる力能をもっていなければ、受動はありえない。それどころか、なにかが能動的だと言えるのは、そのはたらきを受け入れる受動的なものがあるとき、そのときのみである。能動は、受動がなければ成立しえない。「なし、産出し、創造する力能があるところ、なされ、産出され、創造される力能がつねにある」」(同P36)
読書という行為が、まさにそうだ。書店の仕事も然り。否、すべての仕事に言えるのだろう、と思う。はたらきを受け入れる力能をもっていなければ、受動はありえない。そして能動的であり得るのは、そのはたらきを受け入れる受動的なものがあるときのみである。 |
福嶋 聡 (ふくしま
・あきら) |