○第165回(2016/6)

 6月に上梓された石橋毅史『まっ直ぐに本を売る』(苦楽堂)は、できるだけ多くの出版流通に携わる、出版社、取次、書店の人たち、特にこれからの出版業界をつくり、支えていく若い人たちに、是非読んで欲しい本である。

 ぼくが読後掛け値なしにそう思った理由は、そしておそらく石橋がこの本を書き「トランスビュー方式」の意義を世に問うた最大の理由は、「トランスビュー方式」を考案した工藤秀之が、何十年もにわたるこの業界の課題を慮ったり、考えたり、アイデアを出したり、愚痴ったりするだけでなく、実際にそれを実現し、15年にわたって継続しているからである。そして、その課題が即ち、「トランスビュー方式」が目指し実現した3つの原則なのである。

 1すべての書店に、三割(正確には多くが32%)の利益をとってもらう。2すべての書店に、要望どおりの冊数を送る。3すべての書店に、受注した当日のうちに出荷する。

 出版業界の販売総額は、1996年にピークを迎えた後、20年にわたって減少し続けた。その間、年間1000軒もの書店が姿を消していった。ある時期からその傾向が鈍化したのは、潰れる書店さえ減ってしまったのに過ぎない。その理由は、端的に言って、儲からないからである。粗利が小さいがゆえに利益を確保できないからである。

 本を売る場所が減ることは、販売総額のさらなる減少に繋がり、負のスパイラルがますます進行するから、作り手である出版社にも跳ね返ってくる。だから出版社も、まったく手を拱いていたわけではなく、責任販売制や低正味商品の提供など、書店の粗利を上げる提案をいくつかしてきた。しかし、商品が限定されており、正味安(仕入れ値が安いこと)の代償が買切り扱いであることも多く、書店側からは必ずしも歓迎されず、決して成果を上げたとは言えなかった。

 ところが、「トランスビュー方式」では、3つの原則からわかるように、トランスビュー並びにトランスビューが取引代行を引き受けている出版社の商品なら何でも、そして書店が要望する冊数を、安い正味で納品する。しかも、基本的には委託である(返品ができる)。このような書店に有利な方式を、トランスビューはなぜ提案し、実行、そして継続しすることが出来たのか?

 最も大きな要因は、3割の書店マージンを何としても確保したいという、工藤の信念である。それを実現するために、工藤は、宅配送料は元より、箱代、事務経費に至るまで、かなり細かく計算した。そして、これなら出版社側にも利益が出る、という数字的な根拠と共に取引形態を確定した。

 だから、取引代行の際にも、出版社に対して細かい経費をすべて計上して請求する。実際、契約社にとってけっして安くはなく、トランスビューにとっても大きな利益があるわけではない。なんのためかといえば、書店の粗利をふやすためである、としか説明のしようがない。

 といって、「うちは七掛けであれば卸せる。ではそうしよう、ということです」と語る工藤に、書店様に喜んでいただきたいのです、と媚びるような響きはない、と石橋は言う。工藤は、ビジネスとして、書店という本が売れる場所を守り存続させることが、自らの出版活動に不可欠であることを、自明の前提としているのだと思う。

 「トランスビュー方式」の継続を支えたもう一つ大きな要因は、返品率の低さである。返品率が低かったのは、運よくトランスビューの本が売れた、例えば池田晶子著『14歳からの哲学』のようなベストセラーがあったからだ、というように受け取られるかもしれないが、返品率の低さは決して結果論ではない。「2.すべての書店に、要望どおりの冊数を送る。3.すべての書店に、受注した当日のうちに出荷する。」という原則が、功を奏しているのである。

 原則の2は「減数」がないこと、3は発注した翌日か翌々日には確実に届くことを保障しているからだ。

 通常の取次ルートでは、こうはいかない。売れ行き良好書の発注はつねに減数着荷の可能性を伴うし、注文して1〜2日で届くことは、まず無い。客注品が待てども待てども届かないこともある。出版社に確認したら、「確かに出した」。取次を追求すると、「出版社から確かに着荷した記録はあるのですが、そのあとのことはよく分からない。無くなっちゃったみたいなんですよね」といけしゃあしゃあと答えられることさえある(こんなこと、仮に麻薬の売人が言ったら、即殺されるだろう)。

 このような状況では、書店はダブるリスクを取ってでも、必要冊数に上乗せして注文したり、再注文したりせざるを得ない。お客さまが、本が届くのを待っているからである。そうすると、当然返品率は上がる。

 出版業界では、今返品率の削減が至上命題のようになっている。「〜%以下を目指してください」と取次が書店を「指導」する時代である。だが、それならば、もっと正確で迅速な納品をせよと、書店は取次に要求すべきである。実際、即日満数出荷によって、2001年から2015年までのトランスビューの累計返品率(金額)は13.1パーセントに留まっているのである。そしてその返品率の低さによって、工藤の計算では商品販売額に対しておよそ6パーセントとなる「取次経由であればかからない費用」が相殺され、書店の販売マージン3割を実現してもいるのだ。

 低返品率は、パターン配本や押し込み営業を一切しないことの結果でもある。それは、「この本を売ろう」と判断するのはあくまでも書店であり、出版社から頼んで置かせるようなことはしないという工藤の揺るがない信念による。その姿勢に、書店は応えるべきであろう。それは何も必要以上に、無理をしてでもトランスビューの、あるいはトランスビューが取引代行をしている出版社の商品を仕入れるということではない。書店の販売マージン3割を実現している「トランスビュー方式」が要請する負担を、面倒がらずに引き受ける、ということである。

 「トランスビュー方式」では、すべての商品は、発注しないと一切入荷しない。返品は元払い宅配便だから送料もかかる。トランスビュー扱いの商品だけをある程度まとめて起票し梱包しなければならない。パターン配本で黙っていてもある程度の商品が入り、書棚からあふれた商品を随時返品できる取次ルートと比べて手間暇がかかる。

 だが、工藤は、「トランスビュー方式」を継続するために、即ち書店の粗利を確保するために、より多くの手間ひまをかけている。経費を抑えるために頭をフル回転させ、さまざまな事務的・肉体的作業を自らこなし、文字通り汗をかいている。

 その汗を、書店員もかかなければならない。頭も使わなくてはならない。儲けは、そこからしか生まれない。

 まず、緻密な経費計算をすることを、ぼくたちも学ぼう。返品送料がかかることを嫌がらず、どれだけ売ったらそれをまかなえるか、粗利3割はどれだけの利益の上乗せをもたらしてくれるのか。

 ビジネスモデルだけではない。それ以上に大切なのは、トランスビューが、そしてトランスビューが取引代行する出版社が、どのような志をもって本をつくり、手間ひまをかけて書店に送り出し、書店で売っていきたい、より多くの読者に届けたいと思っているかを、しっかりと受け止め、応答する(発注する)ことだ。
『書店と民主主義』は、トランスビューから毎月送られてくる「新刊案内」で、ころから刊『NOヘイト!!』をぼくが発見した時に、受胎した。

 18歳〜19歳の若者が初めて投票券を行使する参院選を前に、ジュンク堂書店難波店では、トランスビュー企画ブックフェア「はじめて投票するあなたが、知っておきたいこと」を開催している。

 

 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会秋期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)『紙の本は、滅びない』(ポプラ社、2014年) 『書店と民主主義』(人文書院、2016年)