○第172回(2017/1)

 2017年の出版業界は、「物流の危機」宣言で幕を開けた。

 1月6日、東京・目白のホテル椿山荘東京で行われた「新春の会」で、トーハンの藤井武彦社長は2017年を「物流再生元年」と位置づけ、本社再構築、物流再配置、情報システムの全面クラウド化などを合わせて専任部署を新設したと発表する一方、日本出版取次協会から次年度の土曜日休配を年間5日から20日に拡大する案を日本雑誌協会に申し入れていると説明した(「新文化」2017.1.12)。4日後の1月10日、ぼくも参加した大阪屋栗田の「新春おでんの会」では、挨拶に立った文藝春秋松井清人社長、大阪屋栗田友の会連合会田村定良会長(田村書店)から、休配日拡大に対する疑念が述べられた。

 それらを受けた形で、「新文化」1月19日号は、東京都トラック協会出版取次専門部会長の瀧澤賢司氏へのインタビュー「深刻さ増す出版輸送問題」を、一面に掲載している。

 瀧澤氏によると、「土曜日休配日増」に対しては、出版運送会社によって賛否両論があるという。「『不足してる人材を確保するためには、今より休みが欲しい。だから賛成』とおっしゃる社もあれば、稼働日数が減るため売上げに影響するのではないか、と危惧する声もあります」

 賛否に別れる双方の反応の根は、同じところにあると言える。人材不足はドライバーの労働条件の悪化が原因であり、それは運輸会社の経営状態の悪化とともに、20年に渡り底を打たない出版業界全体の売上減が結果したものであるからだ。

 更に運輸会社を経営を圧迫しているのが、出版輸送の重量制運賃制である。「積んでも積まなくても一定の運賃を保証する」車建て運賃制に対して、重量制運賃制では出版物流そのものの減少が、もろに影響するからだ。そして、昨今取次は、採算性向上=返品率削減のために仕入れ制限を行なっている(それについて、ぼくは『書店と民主主義』(人文書院)143頁〜で批判した)。

 更に、コンビニ配送の問題がある。元々小口の配送である上に、コンビニ配送では深夜を含めてタイトな納品時間指定が課せられる。その上、コンビニの従業員数はギリギリに切り詰められているから配送時の待ち時間も長い。その結果、配送効率、ドライバーの労働条件双方を悪化させている。

 下落し続ける出版業界の売上とは対照的に、売上を伸ばし続けているのが、アマゾンをはじめとするネット通販である。ところが、ここでも輸送に関する問題は深刻化している。

  ネット通販では、発注から商品到着までのスピード時間(=リードタイム)の短縮が、企業間競争を勝ち抜く鍵である。そのためにアマゾンは、商品の管理やピッキング、梱包や配送までを一括でフルフィルメント(遂行)する「フルフィルメントセンター」と呼ばれる物流センターの建設を次々に進めている。

 だが、膨大な費用を必要とする物流センターの急速な建設は、危険も伴う。確かに物流センターは、ネット通販に不可欠な機能ではあるが、建設費用以外にも、多数の小口の商品を揃え配送する仕事には多くの作業員を要し、システムの合理化を謀らないかぎりランニングコストも莫大になる。余りに急速な設備投資は企業の体力を弱らせ、実際いくつかの通販会社は、倒産を余儀なくされた。体力にまさるアマゾンでさえ、ネットバブル崩壊時には、危機に陥ったという。

 対策の一つが、実店舗の利用である。

 ウォルマートの「シップ・フロム・ストア」では、ネット通販で顧客が注文した商品のピッキングを店舗で行い、店舗から発送する。店舗をストックポイントとし、ネット通販の配送拠点として活用するのだ。配送ルートを短縮することで、輸送コストの削減にもつながる。多数の店舗網を持つウォルマートならではの戦略である。

 多くの既存の食料品店舗から生鮮食品などをピックアップして、最短1時間で顧客に届けるネット通販会社のインスタカートのシステムは、実にユニークだ。登録されているショッパー(企業ではなく個人)がスマートフォン等で指示を受けて店舗に直行し、あらかじめ指示された店舗の棚から商品をピッキングする。さらにアプリの指示で、ショッパー自身が所有している自家用車やバイクを使い、注文した顧客の自宅へ届ける。だが、店舗でのピッキングー発送作業はどうしても効率性に劣るため、注文が増えてくると、物流センターの建設がどうしても必要となる。収益と費用をにらみあわせての緻密な戦略が要求されるのだ。小さなガレージから始まり、システムを構築しながら段階的に成長していったアマゾンに、やはり一日の長があるという。

 一方、ドライバー不足とその原因であるドライバーの労働条件の悪化は、通販業界でも同じである。日本では1990年の規制緩和以後、平成不況の深刻化と相俟って新規参入が増え、過当競争が激化して、ドライバーの賃金の低下と労働時間の増加が加速された。

 労働時間の増加に特に大きな影響を与えているのが、いわゆる「再配達問題」である。配達に行っても受け主が家にいない。一つ荷物のために二度三度と訪問しなくてはならないことが日常となる。大手宅配業者の抽出調査によると、不在によって再配達を余儀なくされた宅配便貨物の割合は19.6%、5回に1回は留守、しかも全体の貨物のうち、3.5%は2度以上の配達が必要だった。そのうち、時間指定の人は18 %だったが、その再配達率は17%に達したという。また、国土交通省の試算によると、宅配便の配送車両の走行距離のうち、25%が再配達のためのものである。

 こうした数字は、「再配達問題」が、運送業者の経営にとっても、ドライバーの労働条件にとっても、また道路渋滞や空気汚染といった社会的問題にとっても、看過できない問題であることを示している。

 当然、通販会社も、その「ラストマイル」を請け負う宅配業者も、対策を講じる。事前に配送時間を通知するシステムを構築、自宅ではなくコンビニや店舗で受け取る仕組みも導入した。アマゾンは、宅配業者を使わずドローンで配達することも、試行している。宅配ポストを設置して、受け主が不在でも配達を完了させる方式も浸透しつつある。ヤマト運輸は宅配ポストにヤマト運輸の名前を一切出さず、ヤマト以外の宅配会社にロッカーを開放することで、ライバル会社が相乗りしやすくした。

 国も動く。

 “インターネット通販の拡大で深刻化する物流業者の人手不足や交通渋滞を解消するため、官民が受取人の不在時にも荷物を預けられる宅配ボックスの普及に取り組む。政府は4月から設置費用の半額を補助する制度を新設し、業者が駅やコンビニに宅配ボックスを設置するのを後押しする。再配達を少なくして配送効率を高め、ネット通販の拡大に欠かせない物流網の維持をめざす。”(2017/1/17付日経新聞)

 こうしたネット通販会社、宅配業者の対策の試みは、同じ問題の根を持つ出版流通にもヒントを与えてくれる。もっといえば、書店業界そのものの存在理由を改めて思い出させてくれる。

 ネット通販を支える二大機能は、商品を管理・発送する「物流センター」と、顧客である家庭や企業への商品の配送を意味する「ラストマイル」である。
顧客への速やかな着荷がネット通販の生命線であるから、「物流センター」はできるだけ顧客の近くにあった方がよい。しかし、その建設、運営には多額の資金がかかり、うまく運用しないと経営を圧迫する。実際、楽天の子会社であった楽天物流は、多額の営業損失を出し債務超過に陥って、楽天に吸収合併された。

 一つの解決策が、先に触れたウォルマートやインスタカートの店舗利用であった。店舗そのものをストックポイントに位置づけるそうした成功例には、商材をお酒など飲料品と一部の食品に限ることで即日配送を実現したカクヤスもある。

 一方、「ラストマイル」の「再配達問題」の解決策の一つに、コンビニ受け取りがある。顧客の側でも、いつ来るか分からない配達を家で待っているより、あるいはたまたま配達時に不在で再配達を依頼する労をとるよりも、近くにいつでも受け取れる場所があれば、自分の都合で取りに行くほうが便利な場合も多いだろう。

 この2つの施策に共通しているのは、そう、店舗の存在である。だとすれば、わが出版書店業界も、往時の三分の二に減ったとはいえ、なお世界に冠たる店舗数を誇る全国の書店網を利用しない手はない。書店網といっても、文字通りナショナル・チェーンだけを意味するのではない。通販におけるコンビニの役割を考えても、「普段使い」の「町の本屋」を大切にすることが、「出版流通の危機」を打開する、素朴ではあるが実は大いに有効な、ひょっとしたら唯一無二の方途であると思うのだ。

 豊富な在庫を誇る大型店がストックポイントとなるシステムは、書店系の通販でも取り入れられている。一方、「町の本屋」には、ご近所への配達がある。この配達業務が立ちいかなくなったことが、「町の本屋」の経営基盤を揺るがし、業界全体の雑誌売上減にも結びついていることは、間違いない。配達には、さまざまな企画・情報を顧客に伝え、拡売に繋げるという機能もあった。

 「普段使い」の本屋に客注品を取りに行くことは、出版−書店業界と顧客双方にメリットがある。日々のルートに乗せて客注品を書店に送る作業は、出版社にとっても負担が軽い。通販における「ラストマイル」の問題は発生しない。顧客の方は、客注品を取りに行った時、そこに並ぶ本たちを目にする。本についての新しい情報を手にすることが出来るし、それによって誘惑される。「ついで買い」が起こる、あるいは後日また本屋を訪れる動機となる。こうした、小さな日常の一つ一つが、これまで出版ー書店業界の売上を支えてきた筈だ。

 その構造を維持するために重要なのが、物流スピードなのである。客注品が届くのに、2週間も3週間もかかっていては、ネット通販に太刀打ち出来ない。顧客の注文は翌日もしくは当日に届くネット通販に奪われ、顧客が本屋を訪れる機会は、どんどんと少なくなっていく。それでは、「購入のスパイラル」は発生しない。物流の問題は、物流の改善によってしか、解決しないのだ。

 だが、ここに大いなる矛盾がある。出版物流の問題を解決する最終拠点(書店)の多数性こそが、出版物流の問題そのものの発生源であるという矛盾である。配送先が多くなり、荷物が小口になればなるほど、輸送効率は悪くなる。客注品を含めた商品の着荷までの時間は、それだけ長くなる。

 かつて、「店所店」というシステムが、この業界にはあったと聞く。取次から送られた商品は、各地域の中心的存在である書店に中心的な書店=「店所店」に降ろされる=卸される。地域の他の多くの書店は、店所店に自店に必要な商品を仕入れに行っていた。

 現在、生産地の方では商品が取次という拠点に集積されるが、そこから消費地へはバラバラに送られている。それを、消費地の方でも拠点をつくって、商品をまとめてそこに送り込むのである。いわば、消費地における「本のハブ」である。

 少し前まで、取次の地方支店や営業所の「店売」が、その「ハブ」の役割を担っていた。しかし、その多くが「合理化」の名のもと、廃止されたり、商品在庫を持たなくなった。そこで客注品を調達していた地方の「町の本屋」が、そのことでいかに困っているかが、『本屋がなくなったら困るじゃないか』(西日本新聞社)に収められている車座トークを読めば分かる。そして、巻末のインタビューで、HAB(H.A.Bookstore)の松井祐輔氏は、つぎのように言うのだ。

 「僕の考える卸売センターは、書店の店頭であってもいいんじゃないかと思っているんです」。

 競合書店に商品を調達する、他取次の荷物を混載するなど、これまでの常識では考えられなかった方式も模索しなくてはならないだろう。システムはもちろん、それ以上に、頭のドラスティックな切り替えが求められる。

 商売に競争は不可欠だ。顧客へのサービスを競い合うことが、業界全体の進歩に繋がる。だが一方、ときに協業も必要なのだ。冒頭に挙げた「新文化」のインタビューで、瀧澤氏は、出版輸送問題の打開について、次のように語っている。

 「可能であれば今年は競合他社とも協業し、できることがあれば具体化していきたい。現場の人間も交え、『A社はこう、B社はこう走っている』などと状況を分析・把握し、集約できることなど現実的な面から改善を図ることができればと思っています」。

 大きな困難にぶつかっている「運び手」が、抜本的な意識変革をも見据えて突破口を模索している。送り手(出版社ー取次)も、受け手(書店)も、勇気をもって意識変革に臨む時である。

 

参考・引用文献:『アマゾンと物流大戦争』(角井亮一、NHK新書)ISBN9784140884959
           『物流ビジネス最前線』(齊藤実、光文社新書)ISBN9784334039318

 

 

 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会秋期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)『紙の本は、滅びない』(ポプラ社、2014年) 『書店と民主主義』(人文書院、2016年)