○第100回(2011/1)
1月11日(水曜日)、トーハン大阪支店で、恒例の「新春の会」が催された。
仕事との兼ね合いで出向きにくければ、挨拶だけの会に出向く必要はないか、と思っていたが、デジタル教科書についての講演があると聞いて、出かけた。
「トーハン新春の会セミナー」が10:00からはじまり、まず財団法人出版文化産業振興財団理事長の肥田美代子氏が登壇された。肥田氏は『ゆずちゃん』『山のとしょかん』など多くの絵本作品を持つ児童文学者で、参議院議員、衆議院議員にも選出された人だ。
その経歴から政府筋とも近い肥田氏は、具体的な名前を率直に挙げながら、政府の「学校教育のデジタル構想」の進展について語ってくださった。
2009年、当時の原口総務相による「2015年までに教科書をすべてデジタル化する」という構想発表が引き金となり、デジタル教科書教材協議会が発足する。最初はあくまで総務省主導型で進んだが、当然ながら文科省が構想にコミットし、おそらくは出版社のとまどい、反発、広く一般に求めたアンケートの結果、7割が慎重・反対派であったこともあり、「すべての教科書をデジタル化するとは考えていない」とトーンダウンした。
最近では片山総務相は、「基礎教育の段階で、ヴァーチャルな教材、ヴァーチャルな環境で学ぶことはどうなのか?」との懸念を表明している。原口氏も「『教科書』ではなく『教材』というべきだった。」と言っているらしい。
折しも、新学習指導要領では、「言葉によるコミュニケーション、生まの言葉のコミュニケーションが大事」とされている。教育の方向は文科省が定めるが、一方で財布は総務省が握っているという二重構造、さまざまな意見の中で政府は混乱を来している。今こそ国民的な論争が期待され、必要とされている、と肥田氏は言う。
引き続き肥田氏は、国立国会図書館による
JAPAN/MARCの速やかな作成と無償提供、そして学校図書館をよくするために実現した地域活性化交付金などについて話された。
続いて登壇した東京書籍の川瀬徹氏は、まず「デジタル教科書」というネーミングが悪い、今作成されているデジタル教材は、「教科書」ではなく、「指導書」の範疇のものだ、と説明、現在存在するデジタル教材の「指導書」は、光村図書の「小学校 国語」と東京書籍の「中学校 英語」のものだけ、と述べた。東京書籍の中学校英語教科書“NEW HORIZON”のデジタル教材に関しては、平成18年からすでに広く学校現場に導入されていると紹介、実際に教材を使って、教室での教師による使用例を再現してくれた。
セミナーを聴き終わってまず思ったのは、「それでも、デジタル化への流れは方向を変えたわけではない。流れの速度が少し抑えられた、或いは、現状はまだそんなに進んでいないとしても、流れの方向については以前しっかりと、否これまで以上に見据えなければいけない」ということだ。一言でいえば、「デジタル教科書」が「デジタル教材」に変わったからといって、問題は解消したわけではない。
それが「教科書」であれ、「教材」であれ、子どもが最初に出会う「本」を載せる乗り物(メディア)が、紙ではなく電子画面であることが、「書物」=「紙の本」にとって脅威なのだ。今でも「本を読むのはやっぱり紙でないと…」と仰って下さる読者が多いのは、習慣による部分が大きいからだ。
そして、決して「書物」=「紙の本」を扱うわれわれ出版・書店業界の保身のためでなく、子どもたちが出会う最初の文字媒体としての「紙の本」の優位性(アドバンテージ)を見定め、たとえば、「紙媒体の上に刻印された文字のほどよいカノン(典拠)性と抽象性こそ、想像力の自由な展開の余地を残し、より創造的な精神を育む」と、「紙の本」をつくり、扱うぼくたちこそが、しっかりと見定め、主張しなければならないのではないか、と思うのである。
だから例えば、昨年11月18日、ポプラ社が自社のコンベンションホールに原口前総務大臣と田原総一朗氏を招いて行った公開対談「日本の教育を考える デジタル教科書 YES or NO」の二人のやりとりも、物足りないというか、気にいらないのだ。(『新文化』 11月25日(2864)号)
原口 紙の教科書は絶対になくしちゃいけないと思います。紙でしか伝えられないものもある。……
田原 紙の教科書がなくならないとすると、電子教科書は副教材になるということ?会場の皆さんは紙の教科書がなくなるんじゃないかと心配している。もっと言うと、教科書の出版社は俺たちの仕事がなくなると思って心配しているの。
原口 教科書まるごとデジタルになるなんてないですよ。
田原 (会場に向って)電子教科書は教材だって。
全国の主要書店の代表者や取次会社の役員も訪れ、会場の大部分を出版関係者が占めていた環境ゆえのことであろうが、田原氏が原口氏から「教科書そのものは大丈夫、デジタル化せずに紙でいく」という言質を取り、それを戦果として会場に発表するかのごときこのシーンはあまりにも薄っぺらい。もしもこれで会場を埋めた出版関係者が満足したのならば、出版業界の未来は限りなく昏い。
対談の最後で、ポプラ社の坂井社長が「もっと人間として小学校一年生から電子教科書が必要なのかどうか、人間と人間が言葉を共有し合っていける教育を考えてほしい。」と質問したのに対し、田原氏は「ここにいる人が一番心配しているのは、教科書出版社のこと。でもなくならないじゃない。」と応えた田原氏。氏の『デジタル教科書は日本を滅ぼす』が「教科書のデジタル化」への反撃の橋頭堡にはなり得ていないわけである。
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