○第119回(2012/8)

 今春、3月25日(日)をもって地下1階のコミックス売場を終了、ほぼそのままの規模で、隣のOCAT5階の書店、ブックランキングの売場に引っ越す形となった。ジュンク堂書店は、直前にブックランキングを経営する潟rッグウィルの株式の大半を取得、現在、上本町店をはじめ、近鉄沿線の店舗に手を入れている。
コミック売場の引っ越しに伴って、OCAT5階にあった文具売場を閉鎖、変わってジュンク堂書店難波店3階のカウンター前話題書コーナーが、文具売場に姿を変えた。

 仕入れ条件の違いもあれば、在庫管理の方法も書籍の様にはいかない。売場のスタッフには負担をかけることになるが、ぼくは元来文具好きであり、また商材として本と文具は相性がいい。客層も、重なる。ブックカバーや栞など、直接本に関わる文具も多いし、そもそも本を使って勉強する人に、筆記具やノート類は必須である。実際、書見台やブックライトなども含めて、思った以上に売れている。

 ぼくのオススメは、「BOOK STOPPER」(グローリー商事開発部製造・トモエそろばん発売 本体800円)である。大きな洗濯バサミ状のクリップに錘が付いただけのものであるが、読んだページのところまでクリップで留めておけば、手を離しても本が閉じない。コーヒーなどを飲みながら読むのに、とても便利なのである。ぼくは10年以上愛用している。最近、真正面から読みたい時には、例えばカウンター席の衝立に立てかけ、滑らないように小さめのドアストッパーを本と机の間に置くようにし始めた。

 それならば書見台を使えば良いと思われるかもしれない。実際ぼくも、書見台をカバンに入れて持ち歩いていた時期もある。だが、書見台は、本の厚みによって、或いは本のどの辺を読んでいるかによって、本とうまくフィットしない時が多く、ページめくりがスムーズにできない。錘付きのクリップというシンプルなものの方が、意外と使い勝手がよいのだ。
ただし、錘付きだから当然のこと、持ち歩くには重い。だから本の左右両方を留めるために本来2個一組で使うものだが、ぼくは1個しか使っていない(ページめくりという面でもその方がスムーズだ)。

 9月には、イギリスから「easy-read」という新製品が入荷してくる予定である。T字型の左右の端にクリップが付いていてページをはさめるようになっている商品で、折り畳んで持ち運ぶことができるニューコンセプトの書見台である。とても楽しみにしている。

 付箋紙もまた大事なアイテムである。愛媛県の協和紙工株式会社というところが作っている「FIT MEMO」(本体100円、一部百円ショップでしか扱いがない)という商品を、こちらもずっと使っている。10mm×30mmという小さな付箋で、10色に分かれ半透明になっている。齋藤孝の三色ボールペンのように色別に使い分けるところまではいっていないが、半透明というところがみそだ。貼ったまま読むこともできるからである。気にならない相手ならば、付箋を付けたまま貸すこともできる。

 本を読みながら、重要なところにあらかじめ栞に貼っておいた付箋紙を貼っていき、後でまとめてPCに入力してノートを作る。書評は、そのノートを参照しながら書くことがほとんどだ。

 ただし、その付箋には文字は書き込めない。読みながら感じたことや参照すべき書物など、ちょっとしたことをメモしておくことはできない。

 そこで最近使いだしたのが、「BOOKMARK STiCKYMEMO」(DAIGO cop.p. 本体380円)である。52mm(w)×75mm(h)の付箋紙を少し大きめのプラスティック板に貼り付けたもので、プラスティック板が栞として使えるようになっている。短いコメントなどをメモして、該当箇所に貼っておくと後で読み返したときに便利である。こちらは読書時に限らず、たとえば手帳などに挿んでおいても役に立つことが多いだろう。

 それなら一層、本に線を引いたり書き込んだりしたらよいのでは、と言われるかもしれない。その通りなのだ。ぼくがそうしないのは、図書館で借りる場合も多いのと、自分の本でも、再読するときに先入見なく読みたいからだ。でも、確かに紙の本には自由に書き込みができる。

 線を引いたりマーカーを塗ったり、余白に書き込みをしたり、付箋紙を貼ったり。紙の本を読むときのそうした作業の手軽さと自由度は、電子書籍の比ではない。『ペーパーレスオフィスの神話』の著者たちが主張していた、紙のアクティブ性と言えるかもしれない。そして読書という行為の目的は、書かれてある内容を理解し、咀嚼し頭や心の栄養とすることであり、紙の束としてきれいなままに残し、飾っておくことではない(その意味では、1000冊持ち歩ける、という電子書籍の宣伝文句は笑止であるといつも思う)。

 理解するために、一冊の本ととことん(場合によっては本がボロボロになるまで)付き合う必要があることもある、そしてそうした本こそとことん付き合うのに見合った本である。それを助けてくれる様々な文具で武装する、それが書店で文具を売るイメージとなれば、素敵だと思う。

 高田和典は、『難解な本を読む技術』(光文社新書)で、次のような読書法を推奨している。まず一度目の通読で、その本の全体のおおまかな地図を頭の中に作り、「読書ノート」を作成する。二度目の読みで重要なのは、「立ち止まること」で、一度目に分からなかったところを、一つ一つ克服していく。そして、その際にカギとなる「読書ノート」の作成法、活用法が、具体例を挙げて丁寧に解説されていくのだが、一冊の「難解な本」を「わがもの」とするには、大学ノート一冊を埋め尽くすだけの努力は必要だ。

 また、『戦略人事のビジョン』(八木洋介 金井壽宏著 光文社新書)「第四章 リーダーを育てる」では、リーダーを目指す人たちに、「リーダーシップノート」を持つことが勧められている。「リーダーシップノート」とは、「自分がリーダーシップについて思ったことや感じたことを、書くという行為を通じて振り返り、読み返すことによってまた考えるという習慣をつけるためのノート」である。


 「この習慣を続けるコツの一つを伝授するならば、できるだけ高級なノートとペンを使うことです。会社の備品や、コンビニエンスストアで売っているような量産品ではなく、ちょっと無理をしてでも、一万円くらいのノートとペンを買って携行することをお勧めします。
 そうするとまず、ちゃんと使い続けなくてはもったいないという覚悟が生まれます。仕事でメモをとるようなときとはちょっと違う、引き締まった気持ちでノートに向かい、ペンをとることにもなります。」(P191)

 

 「一万円くらい」はともかく、習慣づくりのために、よい文具を買い揃えるところから始めるということには一理ある、と思う。ノートとしては高価なモレスキンのシリーズがよく売れるのは、そのせいかもしれない。

 『電子書籍』がいかに進化しても、コンテンツの乗り物(ヴィークル)として冊子体の紙の本が優れているという事実は、ゆるがない。であればこそ、読書という行為をより快適に、より有効なものとするツールとしての文具にも目を配っていきたいと思い、本を売ることを越えて、読書という体験を提供していきたいと考えた次第である。


 

 

<<第118回 ホームへ  第120回>>

 

福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)