○第121回(2012/10)

 10月5日(金)6日(土)の二日間、ハーバーランドの神戸市産業振興センターで「神戸ITフェスティバル2012」が開催された。キャッチフレーズは「ITで、神戸の未来をもっとステキに」。5つのフロアを使い、ジュンク堂も販売を行った2階展示場にいくつかのブースが展開され、13の会場で、合計90の講演、セミナー、対談、イベントが行われた。そのうちの一つ、パネルディスカッション「本と本屋の未来」(6日14:00〜17:00)に、ぼくはパネリストの一人として参加した。「本と本屋の未来」というテーマではあるが、他の6人のパネリストは、ほとんどが現在インターネットを使ったビジネスを展開している、ぼくより一世代二世代若い人たちである。仲俣暁生氏(マガジン航編集人)、大溝俊充氏(GEEKS梶j、カズワタベ氏(GROW!Inc.)、篠原裕幸氏(確essaliberty)、安藤卓郎氏(漫画全巻ドットコム)、畠中英秋氏(潟Aーカム)。

 唯一仲俣暁生氏が、『季刊 本とコンピュータ』の編集者をされていたころから知っている、近い世代・世界の人だったが、その仲俣氏にしても、ネット上のコラム「仲俣暁生のホンノミライ」で「好むと好まざるとに関わらず、紙の本が今後もこれまでのような地位に留まることは難しい、という判断に私も同意する。紙の本がいかに素晴らしいものであり、それをいとおしく思うとしても、この流れは変わらない。」と言いきっている。ぼくは、唯一リアル書店の世界から引っ張り出されて引導を渡される役回りを、覚悟せざるをえなかった。


 テーマが「本と本屋の未来」であるから、ネット空間を主戦場にしながらも、やはり本に関わっている、あるいは本を愛している人たちが、パネリストとして、そしてオーディエンスとして集まっていた。パネリストの中には、かつて近所のブックオフの在庫を調べて、ネットに挙げて注文があったら買いに行き転売して利ざやを稼いでいた、という典型的な「せどり屋」さんだった人もいた。そして彼らが扱う商品の大きな部分が、そして当日議論の中心になった商材が、マンガだった。

 「インターネットを使って世界を虜にしたい。そのために、〈クールジャパン〉をビジネスに繋げたい。フェイスブックは6割がスペイン語。南米や東南アジアで、マンガへの関心は高い。」と熱く語ったのは、大洋社の社外取締役にも就いた安藤卓郎氏だ。

畠中 海外の人は、フリーコンテンツを求めている。マンガは、戦い場所だと思う。
安藤 コンテンツが増えて、買いやすいサイトがあれば、チャンスはある。
仲俣 言葉がわからなくても、かつて我々が洋楽CDを買ったように、可能性はある。
篠原 買えるプラットフォームが無いのが問題。スポッティファイのような。(スポッティファイは、定額料金を支払えば、1800万を超える曲をオンデマンドでネット配信してくれる=聞き放題の音楽ストリーミングサービス。)
畠中 月29800円で電子書籍読み放題はどうか。
大溝 それはちょっと高いが、ディープなユーザーは、日本では月5000円、海外では2000円なら、乗る。ニッチではあるが、ニーズは確実にある。
カズワタベ スウェーデンでは、スポッティファイが音楽産業の救世主となった。一律ではなく、飲み屋の飲み放題コースのように、段階をつけて積極的にやれば…。需要側のグラデーションに合わせて、供給側もグラデーションを。

 立ち上げたいProject があるとき、「こういうことをやりたい」と表明し、資金を集める「クラウドファンディング」の利用も議論された。クラウドファンディングには金額のリミットと期限のリミットがあるが、それが却って良く、概ね最初の一週間で80%が集まるといわれる。出資法とのからみもあるが、モノやサービスで出資者に返すことは問題にならない。

 但し、もちろん不履行などファンドビジネス的なトラブルはあるので、入り口は絞っている。坂本龍一など有名人が薦めると、ファンも盛り上がり、ファンドの信頼性も高まる、という。100億円集めた人もいるらしい。

 「クラウドファンディングでアメリカの人から金を貰いたい。手塚治虫のマンガ「ユニコ」一冊の英訳のために340万円集まった。マンガ作家も国内のサービスを利用すべき。絶版が多く、電子版も埋もれている―もったいない。ファンが数百人集まって寄付があれば。」とは、安藤氏。

 クラウドファンディングを予約出版的な使い方をすることも提案された。一種のパトロンシップであり、出版社がリスクを取れなくなった時にそれを代替する方法である。確かに、著者に対して、出版社は譬えればプロ野球の球団のような投資家であり、編集者はスカウトでありコーチの役回りであったか。

 その出版社について、仲俣氏は「電子書籍では、「中抜き」ができる?作家よりも編集者の方が収入が多い、というのが現状。売り上げが下がると、編集者が作家の側に立たなくなる。作家が編集者を雇う時代が来るか?」と問いかける。カズワタナベ氏は、「今、出版社の人こそフリーになって、作家のエージェントになろうとしている。」と応答する。


 さて、わがリアル書店業界については概ね悲観的、そして同情的な発言が多く、「本屋さんも困っている。リアル書店は大変。ボランティア的なビジネス。リアルの書店はすべてネットに食われていく。」とまで断言され、何とか窮状を乗り越えるため、「インターネット側に溜まっているデータを利用するために、ITの会社を買って活用する」、「出版社や書店がITに助けられるべくプログラマーを雇う」ことが提言された。

 一方仲俣氏は、「Amazonのレコメンドの商品は、自分が買ったものばかりだ。そうした弱点をついて、書店はもっと攻撃的になって欲しい。」と言い、カズワタナベ氏は、「書店の人ももっともっとブログを書いて欲しい。「この人の選んだ本」がブランド性を持ち、キュレーションが成立していけば。」と書店存続のための条件を挙げる。

 予想通りぼくは終始守勢に立たされ、「本屋の存続の可能性は、ぼくたち書店員一人ひとりの思い如何だ。」と静かに答えるほか無かった。


 パネルディスカッションの様子は、ニコニコ動画で配信されており、「中入り」時に紹介された視聴者からの声に、こういうものがあった。
「本屋さんが大好きなんです。本屋さんの未来に、希望が持てたら、嬉しいです。」
ぼくも、嬉しい。だが同時にこの声は、読者も本屋に、大きな危機感を持っているということを示唆している。

 また、ディスカッションの中で、ジュンク堂新宿店閉店時の「書店員が本当に売りたかった本」と総括される「同時多発」フェア(実際は、「さようなら新宿 社会科学担当者が本当に売りたかった本」「本音を言えばこの本を売りたかった」など、各ジャンルで並行して開催された)を評価する声が高かった。「soulを揺さぶる」とまで言ってしてくれた人もいた。いささか面映ゆい気持ちを持ちながら、ぼくは「「もう終わり、閉店だ。」という危機感が、スタッフ、読者双方に、良い方向に作用したのかもしれません。」と応えながら、ふと感じるところがあり、つけ加えた。「ひょっとしたら、危機感を持つことが何よりぼくらの力になる、今最も必要な事だとも思えます。」


 会場には、仲俣氏が自身が主催するインターネット上の雑誌「マガジン航」に掲載された記事を再編集した電子書籍「Books航1 本は、ひろがる」の印刷版を10数冊持参していた。それでは参加者の一部にしか行き渡らないので、電子書籍版ダウンロードのためのQRコードも、用意していたが、まず、印刷本が、あっという間に捌けてしまった。

 まだ、希望は、ある。


 

 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)