○第131回(2013/8)

 7月22日(月)、文化人類学者の今福龍太先生をジュンク堂難波店にお招きし、「山口昌男との35年〜群島に学び逸れて」と題し、今年3月に亡くなられた師山口昌男について語っていただいた。「山口昌男と書物の関係から、山口昌男の人物と思想の輪郭が見えて来ます。」と、今福先生は山口昌男と書物の関係について、話して下さった。

 山口昌男と本との関係を最もよく表す言葉は「親和力」だ。これはもともと、特定の原子・分子が特定の原子・分子とがくっつきやすいことを指す化学用語だが、山口昌男と本の関係も、この「親和力」という表現が一番ピッタリ来る。ある時突然、ある本が、山口昌男とほとんど理屈抜きに結び合ってしまう、そのような切っても切れない関係を、山口さんが呼びこむ。山口昌男がある本を選び取っているのだが、本の側も山口昌男を選び取っているという関係。これほど本との間の「親和力」を見せた人は他にいないのではないだろうか。

 普通、学者・知識人にとって、本は研究のための資料とか文献とかという「商売道具」であるが、山口昌男にとっての本は全くそうではなかった。

 山口にとって、本というのは活字・文字のコンテンツとしてだけ意味があるのではなかったのだ。一冊の本という姿かたちを持ったものとして、本の中にある思想が伝わるための形が準備されている。そういう形の中で、人と本が「出遭う」。こちらが書物を愛することによって、書物も私を愛してくれる。そのような「親和力」による本との偶然の「出遭い」、それこそ、山口昌男にとって何よりも大切なものだったのだ。

 山口昌男は、常々言っていた。「基本文献のリストを与えられた学生は、なんのリスクもなく悩むこともなく、指定された本を読んでいく。 みんな同じことをやっていたら、新しいことは生まれない。同じ参考文献から、人間が考え付くことはほとんど変わらない。そういうものから逸脱して、リスクをおかしたところで、新しい思考、学問はつくられる。」

 山口にとって、本を集めるという行為は、自分の世界を拡大するための手段であった。自分の研究の参考にするために持って来る、というような資料的な意味ではなく、自分にとってはニッチ、自分にとっては謎を突きつけてきて自分を拡大する本を集める。そうした人間にとって、本の選択というのは、時には何の保証も無く、どんな権威とも関わりのないところで行わなければならず、それはリスクを伴った行為である。そのようなリスクを伴った行為の結果、山口昌男は、全く新しい学問世界を切り拓いたのだった。

 リスクを受け止めるそういう知、学問が、今は無くなってきた。遊戯、風刺、快楽、祝祭といった、山口昌男の「道化的」方法のキイワードは、現代の社会科学、人文科学では抑圧されてしまった。生真面目で身だしなみのいい学問になっているかもしれないが、楽しくない。山口さんが六〇年代から七〇年代にかけて切り開いた知の風景はもっともっと快楽的で楽しいものであったのではないか、それをもう一度呼び起こしたいと思う、と今福先生は語られた。

 山口昌男の本との付き合い方は、前回のコラムで紹介した、課題を与えられた学生が、デジタル書誌データによって、参照すべき文献の、しかも参照すべき箇所へと瞬時に到達することができたことを言祝ぐ湯浅教授の大学での教育実践、あるいは資料のどこに目指すべき情報があるかが素早く検索できることによってレファレンス機能のドラスティックな充実化を図る長尾真の「電子図書館」構想の対極にある。それらに疑義を差し挟んだぼくにとって、それは我が意を得たお話、とても心強い援軍に感じた。

 今福先生も、言う。「あまりにもいま、分かりやすく、情報をパッケージ化して出されている。ぼくらはそれをただ消費すればいい。情報を差し出す人、情報を消費する人、こういう関係のなかで本があるとすれば、本にとって不幸、本と人間の関係がやせ細っている気がする。本と本の間にはもっともっとドラマがあるはずであって、そのドラマは『全然わかんないよ』ということから始まると思う。」

 山口昌男のDNAが、すっかり今福先生に移り住んだようだ。以下に、今福龍太著『身体としての書物』から、何箇所か引用する。


“ありえない不老不死の神話に背を向けるその有限性において、書物は人間の生命と身体の条件としての有限性と直に結ばれた。むしろヴァーチャルなアーカイヴに組み込まれ、ディジタルなデータ記号として永遠の生命を得たかに見える本=テクストのほうが、死や消滅への想像力を失うことで、かえって知性の求める尊厳と謙虚さから遠ざかっていくように私には思われる。”(P8)

“限りあるものとの、偶然の出会い。私たちは誰もが、そのようにして書物と出会うほかないのだ。そして生命という、私が私じしんと果たしたただ一度の出会いすら、この偶然性の外部にあるものではないだろう。”(P11)

“本とは、必ずしも簡単にデータとして利用したりコンテンツとして消費したりすることのできるメディアではない、という点こそが重要なのです。たとえば一冊の書物からある特定の言葉だけを探したいと思っても、現実の本というメディアでは瞬時に「検索」することはできない。実際にページを手繰って、じっくり読んでいかなければならない。あるいは、特定の言葉が目に飛び込んでくる頻度や間合いを自分で測りながら、飛ばし読みをするコツを体得しなければならない。文字を読み、手でめくり、においを嗅ぐ、そうしたひじょうに複雑な一連の身体動作を通じて、書物のトータリティは人間に受容される。そしてこのような身体的なプロセスを完全にディジタル化・機械化することは、おそらくできません。”(P21)


 このように引き継がれる「親和力」の上に、しかし生業として本を扱う我々は安穏と胡坐をかいていてはいけない。山口昌男はまた、次のようにも言っていたという。

 「店主はまずある一冊の本の持つ過去と現在の情報に、特に復刻版の情報を含めて精通していなくてはならない。その上で、その本が潜在的に秘めている未来性についての可能性についても見顕(みあら)わす能力が必要です。ある本の可能性まで含めて顕在化させる能力を持っている人間がいる古書店は面白い。」

 実際これは古書店についての発言なのだが、新刊本屋にも同じことが言える、と今福先生は言う。「見顕(みあら)わす」とは、ある特定の本のまだ表面化していない可能性を予見すること。山口昌男が本とつきあう基本的な姿勢がそこにある。彼はつねに、あらゆる本を「見顕(みあら)わそう」としていた。

 書店人として、身の引き締まる言葉である。



 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)