○第133回(2013/10)

 10月14日(月・祝日)午後二時より、大阪市立中央図書館で「藤原和博講演会‐必ず食える1%の人になる方法」が開催された。テーマとなった『藤原和博の必ず食える1%の人になる方法』(東洋経済新報社)を販売するためにロビーに待機していたぼくは、いつもの出張販売以上に緊張していた。それは、ぼくがこの講演会開催じたいに、深くコミットしていたからである。

 東洋経済新報社から、藤原和博氏の新刊が出るのでそれを記念した講演会を出来る場所を探している、と相談を受けたのが8月上旬。少なくとも100人以上の参加を期待し、また藤原さんならそれは十分可能だろう、というお話だった。結果、ジュンク堂店内でのトークセッションというわけには行かない。わが難波店では、「会場」は、店の一部を、イベント時のみ無理矢理パーテーションで仕切って出現させており、丸椅子を使ってできるだけ詰め込んでも定員30名、立ち見を入れても40名くらいが限度である。喫茶を使う大阪本店、催事用スペースがある丸善&ジュンク堂梅田店でも、収容可能人数は似たり寄ったり、どれだけ頑張っても50名までで、その倍以上の人数に講演を聞いていただくことは、不可能である。

 出版社の希望は、100人以上収容でき、場所も分かりやすく、しかも費用ができるだけかからぬこと。そんな虫のいい場所があるか、と言いたくなるところだが、実は話を聞きながら、ぼくの頭にはある具体的な場所が浮かんでいたのである。

 大阪市立中央図書館・利用サービス担当の宮田英二さんが、これからの図書館の利用者サービスについての意見を求めて、ジュンク堂難波店を訪れてくださったのが7月下旬。図書館について深い関心を持ち、図書館が元気であることを心から願い、当の大阪市立中央図書館のヘビーユーザーでもあるぼくは、喜んでお迎えし、議論を交わした。

 「図書館の裏側には、広い場所があるでしょう?」少しばかり唐突なぼくの質問に、宮田さんは答えた。「はい。当館にも、5階に大会議室と中会議室があります。」「それを、もっと活用されてはいかがですか?」

 ぼくは、これまで何度か図書館に招かれて図書館員の方々を相手に講演をしたことがある。地方の図書館に行ったときも、必ずそこそこ人の入れる会議室やホールがあった。喫茶室や店の一部を切り取ってトーク会場にしているぼくとしては、羨ましい限りだった。普段利用者が立ち入ることもないであろうこうした空間を、もっと利用すればよいのに、と思っていた。

 東洋経済新報社から相談を受けたときに、すぐに思い浮かんだのが、それだった。ぼくはすぐに宮田さんに連絡を取り、数日後、東洋経済新報社の営業担当者と共に、大阪市立中央図書館を訪れた。藤原和博という名前を聞いた宮田さんは、すぐに乗ってきた。藤原氏は、著書も多数あり、はじめて民間出身者として学校長をつとめた有名人である。橋下府政で、大阪府の教育に関わったこともあり、縁も深い。多くの利用者に喜んでもらえると歓迎、二つ返事で大会議室の利用を承諾してくれた。ジュンク堂が著書を出張販売することも、許可してくださった。(多くの人は誤解しているが、図書館で書籍を販売してはいけないという決まりは無い。このことを、これまでの図書館の人たちとのお付き合いを通じて、ぼくは知っていた。)

 早速彼は、ぼくたちを会場となる大会議室に案内してくださった。ぼくたちは、息を飲んだ。「大会議室」と呼ばれているが、客席は可動式で傾斜型の座席が約300席。天井には照明設備も完備されていて、舞台は芝居をするには奥行きが足りないが、講演会等には十分な広さ。手前の、パイプ椅子追加用の空間に張り出せば、芝居もコンサートも十分可能だ。ロビーも贅沢なつくりで、「大会議室」というより、立派なホールなのである。現に「ライティホール」という別名もある。ついでに言うと、控え室も和室風の空間まで附せられた申し分の無いもの。「建てられたのが、バブルの最後のころだったので…。」と、宮田さんは苦笑いした。

 「こんな立派なホールで講演会ができるのか」と喜びながら、一方で、普段小ぢんまりとしたトークショーしか経験していないぼくは、正直怯んだ。こんな立派なホールに見合う集客ができるのだろうか?

 「大丈夫でしょう。」宮田さんは自信たっぷりに答えた。「藤原先生は有名人ですし、これまで、歴史関係の講演会を何度かやりましたが、結構一杯になりましたよ。」

 なお半信半疑ながら、ぼくたちはその言葉を信じ、10月14日14:00からの開催を決めた。

 だが、ぼくたちの不安は、講演当日まで続いた。主催者である図書館の慣例で、講演参加は自由(無料)、入場は先着順という形だったので、通常のチケット販売や申し込み受け付け方式と違って、数がまったく読めない。当日ふたを開けるまで、入場者数の予測が立てられないのだ。だから、おいそれと「さくら」も頼めない。

 東洋経済新報社は一度新聞広告に告知も出したし、ジュンク堂難波店でもチラシは配布、ジュンク堂のホームページにもアップしたが、基本的には、宮田さんの自信に満ちた言葉を信じるしかなかった。

 果たして10月14日当日、開場時刻の13:30、最初に書いたようにいつになく緊張していたぼくたちの前に、エレベータから次から次へと参加者の人たちが溢れ出てきた。

 ぼくたちはホッとすると共に、宮田さんの自信は、決して根拠のないものではなかったことを知った。参加者は183名に上り、聴衆参加型の藤原氏の講演会は、大いに盛り上がった。講演の前後にロビーに陣取って藤原氏が即席サイン会を開いてくれたにも拘らず、本の売れ行きは、『藤原和博の必ず食える1%の人になる方法』と『坂の上の坂』(ポプラ社文庫)合わせて50冊足らずで、参加人数の約四分の一に止まったが、そもそも図書館は本を借りるところで買いに来るところではない。小ぢんまりとした規模でも半分以上の人が本を購入してくださる書店でのトークイベントを思い起こすと、逆に本を買う場所としての書店空間の意味も改めて浮かび上がり、柴野京子さんの言う「購書空間」という概念が頭をよぎった。

 数日後、アンケートの集計結果が、宮田さんから送られてきた。回収件数は、入場者183名に対して137件。うち「非常によかった」「よかった」という評価が120件あったこともとても嬉しかったが、チラシによって今度の講演会を知ったと答えた人が半数近くあり、しかもその入手先のほとんどは図書館、他のポスター、図書館HP、館内放送などを合わせると、8割以上の参加者を図書館が集めてくれたことになる。講演会当日すでに「図書館、侮るべからず」と思っていたぼくの図書館の集客力への驚きは、「図書館、恐るべし」に変わった。やはり図書館には、本好きの人たちが、そして向上心の強い人たちが集まっているのだ。宮田さんは、アンケートの結果から「他の行事に比べ30〜50代が多く、また20代以下が多かったのも今回の特徴、男女比は2:1で、他の催しに比べ圧倒的に男性の割合が高い」と分析されていた。図書館にとっても、こうしたイベントの潜在的な参加者層が発見されたと言えよう。図書館に通うのは、時間に余裕のある高齢者、熟年層、主婦層と決めつけるのは、大きな間違いなのである。

 思えば、今回の講演会は、図書館、出版社、書店が、三者三様の得意分野を生かしてコラボできたことが最大の収穫だった。図書館は使える空間を持ち、その場所も分かりやすく説明しやすい。チラシとポスターが利いたことからも分かるように、そうしたイベントに参加してくださる、厚い潜在的な利用者層を持っている。逆に言えば、図書館外での情宣にもっと励めば、まだまだ集客の可能性はあるということだ。書店は、その場で本を販売することについては手馴れているし、図書館へ誘導できる顧客層も持っている。出版社は、著者との太いパイプがある。それぞれが得意分野で力を発揮すれば、本好きの方々に満足いただけるイベントの可能性はいくらでもあり、改めて本の良さをアピールして行けるのではないだろうか。

 「藤原氏の話を一度聞いてみたいという方が多く参加されたからでしょうか、参加者の満足度が非常に高い講演会でした。記述欄でも、作家、著名人の講演会を望む声が多く、今後も、連携先を模索しながら、こういった行事を企画していきたいと感じました。」と、宮田さんも総括されている。関心を持ってくださる出版社、乗ってくださる著者の方は、いらっしゃいませんか?また、同じようなイベントを検討してくださる図書館は、ありませんか?



 

<<第132回 ホームへ  第134回>>

 

福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)