○第139回(2014/4)


 四月二日、日本出版学会関西部会は、大阪市北区茶屋町の関西学院大学大阪梅田キャンパスに日本出版インフラセンター専務理事永井祥一氏を招いて、緊急シンポジウム「変革期を迎える出版流通システムー最近の事例から」を開催した。ぼくは、関西部会担当理事である立命館大学の湯浅俊彦教授とともに、パネリストとして参加した。

  今年のはじめに永井さんがジュンク堂難波店を訪れ、「出版学会から正式に依頼があれば、関西へ来やすいんだけれど」と関西で話したいことがあると仄めかされたのを聞いたぼくが、論敵にして盟友湯浅教授に連絡、段取りを頼んだのだった。

 基調講演の冒頭、永井さんは「ここは関西ですから、集まって下さった出版関係の方々の関心は、大阪屋のことだと思います」と、単刀直入に切り出した。「大阪屋どうなっちゃうんだろう、と」

 今年二月二十八日、大阪屋は、臨時株主総会を開き、大手出版社の幹部5氏を招聘する役員人事を承認、講談社、集英社、小学館、KADOKAWAそれに楽天と大日本印刷の6社が出資、経営再建に当たることになった。大手出版社4社と丸善、ジュンク堂、TRCなどを傘下に収めるDNPに加えて、楽天が入っているのはなぜか?

 「アマゾンと同じことをやっていては、アマゾンに勝てないからです」と永井さんは説明する。

 楽天はアマゾンのキンドルに対抗するために、コボを買収し、電子書籍市場に参入。だが、追撃し電子書籍市場でのシェアの差を縮めていくのは、難しい。モノとしての書物の所有ではなく、コンテンツへのアクセス権を得るという形である電子書籍のユーザーは、当然の将来消滅する可能性が最も低いショップで購入しようとする。それだけ、トップ企業の一人勝ちになる傾向が強いからだ。

 既に楽天は、フューチャーブックフォーラム事業に参画し、二年前、宅急便を使って客注の翌日入荷を可能にした実証実験に協力している。その中で、楽天はリアル書店と組むことの大切さと、取次の機能の優秀さを改めて認識したという。6月には電子書籍をリアル書店で売ろう、というプロジェクトも進んでいる。パソコンやスマホを使う人たちではなく、パソコンやITが苦手な人を相手に、電子書籍の市場を広げようとしているのだ。

 アマゾンの躍進に対抗意識を燃やしているのは、というよりも危機感を強めているのは、楽天だけではない。取次、書店はもちろんのこと、出版社も、その多くがアマゾンに本を売ってもらう恩恵に浴しながら、その余りに強い増殖力に恐れをなしはじめている。

 永井さんは、日経BP社から昨年末に出た『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』を片手に、アマゾンの、ライバルを蹴落とし、あるいは取り込む、時にアコギとも思える戦略とその戦果を紹介し、日本の出版業界も彼岸の火事として傍観している場合ではない、と語る。

 アマゾンの戦略は、ひとことで言えば、損をしてでも、赤字を出してでも価格競争をしかけ、ライバルを倒してシェアを独占するというものだ。さまざまな業界でそうした手法を使ってきたし、アメリカ書店業界第二位だったボーダーズは既に無く、バーンズ&ノーブルも苦境に立たされている。その結果、電子書籍を含めた出版物の販売シェアにおいてアマゾンは圧倒的な優位に立ち、出版社もその条件をのまざるを得なくなっている。それが現在のアメリカの実情だという。

 それに対して、KADOKAWAの角川歴彦会長は、「アマゾンに対する対抗軸を持たなくてはならない」と、ブックウォーカーという直営の電子書籍ストアを持ち、図書館への出資を始める一方、多くの出版社を傘下に収めた。

 そもそも日本の出版の特徴は、出版社の数が多いことだ、と永井さんは言う。人口一人あたりの出版社数を比較したらわかる。本当に小さな出版社も多い。何年かに一冊出しているところを入れれば7,000〜8,000、図書コード管理センターへの出版者登録数は18,000、個人でも出版社ができる、というのが特徴である、と。販売網を持たなくても出版社ができるのは、取次があるからだ。確かに実績がなければ受けてもらえないということはあるが、そうした出版の多様性が流通面から保証されていることが、日本の場合には恵まれた条件であることに間違いはない。アメリカやヨーロッパでは、インターネットのおかげで誰でも出版社になれるという触れ込みだったが、日本では、インターネットが普及する前から、誰でも出版者になれていた。点数自体は世界に比べて特に多いわけではないが、すべてビジネスとして成り立っているというのが重要なことであって、新たに流通網、配送網をつくらなくていいこと、全国津々浦々に書店網が整備されていること、これが大きな意味合いが持つ。そういった流通網での裏付けがあるから、どんな本でも出せるというところに、日本の出版文化の多様性があり、それは支えていかなければならない。永井さんはこのように訴えた。多様性こそ出版のいのちであり、それを守っていくためには、出版物の多様性だけでは駄目で、出版流通の多様性の確保も必要だ、と言うのだ。

 選択肢がなくなるということが一番問題である。いまアメリカはそうなっている。アマゾンしかなくなっているから、出版社もアマゾンの言いなりになる。

 「ベゾスが買ったワシントンポストが、本当にアマゾンの批判記事を書くことが出来ますか?」

 「日本の家電業界がどうなったか?」とも、永井さんは問いかける。外国資本に頼らないと生き残れなくなった。健闘しているのは、原発つくっている日立、東芝ぐらい。松下電器の「町の電気屋さん」に代表される、直営の販売網がなくなった。もう一つは、再販制を全部廃して、ヨドバシカメラ、ビックカメラ、家電量販店が条件をどんどん切り下げることによって、町の電気屋さんに与えていたマージンを減らし、研究開発費、販売マージンを削ってでも卸さなくてはならなくなった。「再販けしからん、消費者のためにならない、消費者のために、消費者のために、消費者のために」とずっとやってきて、利益、マージンが消費者に還元された。その結果、今日の家電業界の事態を招いたと思う。家電量販店に当たるものが、アマゾンで、今日の家電業界は明日の出版業界とは言えないだろうか、と。

 そんな永井さんの講演を聞いていたぼくは、8月下旬号に収められた鈴木藤男氏の「電子「書籍」の再販について考える」に始まる、『出版ニュース』の一連の「電子書籍にも再販制度を」キャンペーン(落合早苗氏(2013/12/中号)、高須次郎氏(2014/1/上中号)に続き、ぼくじしんも2014/2/下号で、その末席に連なった)を思い出していた。

 「今、出版業界は大きな転換期にある」と、永井さんは何度も繰り返した。その自覚のもとにぼくたちが未来を見つめ、行動する必要があるのは、間違いないように思う。

 楽天が日本の出版流通システムになお可能性を見たことが正しかったのかどうか、そして大阪屋再建への参画が吉と出るのかどうか、そのゆくえは誰にもわからない。確かに、通販業者と組んだ客注問題の解決も、リアル書店での電子書籍の販売も、書店現場にいる者の目からは、キマイラに見えると言わざるを得ない。

 だが、楽天が関心を寄せてくれた現在のシステムのただなかで生きているわれわれこそ、楽天以上に、自分たちの拠って立つシステムの有効性を検証し、将来像を描き出していかなければならないのではないか?

 その時に、何よりも大事なのは、永井さんが言われた通り、出版にとって大切なのは多様性、それを守るためには出版流通の多様性も必要、その多様性を全国に広がる書店網が支えているという矜持とこれからも支え続ける意志、そしてそのための知恵と行動である。

(2014.5.8訂正)


 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書、2014年)