○第145回(2014/10)

 朝日新聞は8月28日、紙版・デジタル版双方で、ネット書店最大手のアマゾンが、電子書籍の販売条件で出版社を「格付け」し、アマゾンに有利な条件で契約した出版社の書籍を、読者に優先的に紹介する新たな仕組みを導入したことを、報道した。

 出版社がアマゾンに支払う販売手数料の、電子書籍の品ぞろえなどに応じて出版社を4ランクに分け、上位の社の電子書籍をホームページ上で目立たせたり、読者の購入履歴などに応じた「おすすめ」を積極的に行う仕組みであるという。

 特段、驚くことではない。アマゾンは、本国アメリカでも他の国でも、同じようなことをやってきている。

 最近では、アマゾンは、自らの提案に応じない出版社アシェットの商品の在庫補充と注文処理を意図的に遅滞させ、顧客の購入意欲をなくそうとしている、という。交渉案件には、電子書籍販売に関する詳細な条件があるらしい。それを知った米国書籍業界の大多数はアシェット側につき、アマゾンの“いじめ交渉戦術”に異を唱えたという。(辻本英二「アマゾン×アシェットの興亡 上・下」『新文化』2014月9月.18号〜.9月25日号)
米国上院は昨年5月6日、州外に本部があるインターネット小売業者やカタログ販売者に対し、州内のリアル店舗同様、販売活動を行った州に納税することを義務付けた「市場公正法」、通称「アマゾン税」を可決した。

 フランスは、今年7月8日に、インターネット通販会社に対し、値引きした書籍を無料で配送することを禁じる法律、いわゆる「反アマゾン法」を施行した。

 だが、フランス在住の映画ジャーナリスト林瑞絵氏は、WEBRONZAに「見かけ倒しのフランス”反アマゾン法”」と題した報告を寄せている。

 林氏が友人に訊ねても、「最近アマゾンで買い物したけど、変化に気づかなかった」「法律が施行されたからといって心境に変化はない」「品揃えが多くて便利だから、アマゾンの利用は続ける」「独立系書店を助けたいから、普段から町の書店で本を買っている」と胸を張る友人も、反アマゾン法を評価しながらも、品揃えを理由に、「急いでいるときはインターネットで買う」と言う。

 アマゾンが、「無料でなきゃいいんでしょ」と送料をタダ同然の1サンチーム(約1.36円)に設定したこともあるが、リアル書店に行けば、5%(ラング法に定められた値引率の上限)少し安く買える可能性があるにもかかわらず、多くの読者がアマゾンから離れないのは、入手の早さ、注文の簡便性、品揃えなどに、強い誘因があるからだ。

 読者にとって重要なのは、送料無料や、値引き額、ましてやアマゾンがどこに税金を払うかではないのだ。アマゾンの強みに匹敵するサービスを行えなければ、法律がどう変わろうと、アマゾンに移った読者を取り戻すことはできない。

 アマゾンの社是である顧客第一主義は、具体的には値引きや送料サービスであり、そのためには、出版社と有利な取引条件を結ぶことが必要である。そもそも秘密裡に行われる筈の取引条件の交渉が大きく報道されるということは、あからさまな交渉を余儀なくされていると見てよい。それだけ、無理が重なってきているとも考えられる。

 日本においては、電子書籍化の推進が「格付け」アップの、特に重要な条件であることは想像に難くない。再販制がある日本では、紙の本の値引きは出来ない。封印された得意技が、再販制の対象とならない電子書籍なら大いに使える。加えて、一旦端末から除外したコンテンツをいつでも再ダウンロードするために、電子書籍の購入は、最後まで生き残る販売者に集中しやすい。シェアが更なるシェアを生むのだ。シェアの大きさは、さまざまな条件交渉に際してのアマゾンの最大の武器であり、その拡大は、アマゾンの命綱でもある株価の上昇のためにも重要である。

 更に、そもそも無店舗無在庫のビジネスモデルであった筈のアマゾンが抱える倉庫の問題も一気に解決する。アマゾンが、出版社にアマゾン主導の電子書籍の推進を要求するのは、当然の戦略なのである。

 本来、日本の出版社は、「脅し」に屈する必要は無い。

 現在、アマゾンの販売シェアがいかに大きくとも、恐れることはない。15年前にアマゾンは日本にいなかったのである。仮にアマゾンが取り扱いを渋ろうが、万に一つも日本から撤退しようが、元の販売チャンネルを再び利用すればよいのである。今ではネット通販をやっている書店も多い。

 但し、そのことが言えるのは、「元の販売チャンネル」がアマゾン並みの魅力と利便性を持つ場合である。そうした受け皿がなければ、フランスのように読者はアマゾンから離れないし、アマゾンが取り扱いをやめる、もしくはアマゾンがいなくなった場合に、出版社は大きなダメージを免れない。

 否、アマゾンの動向如何にかかわらず、日本の出版流通業界は、いつでもアマゾンに成り替わることができる態勢を整えなければならない。いつまで待っても届かない客注、ますますひどくなる売行き良好書の配本偏重、不十分な書誌情報開示など、長年の懸案を放置したことが、アマゾン席巻の原因であったことを自覚しなければならない。(特に物流スピードに関しては、取次の奮起を再度促す。というより、余計な事をあれこれ考える前に、注文した本を速やかに届けるというそもそもの業務に専心して欲しい。工夫の余地はいくらでもあるはずだ。一方で、ネット書店や一般書店は、宅配業者との細かい交渉を重ね、少しでもアマゾンのスピードに近づくべきである。)

 万が一、アマゾン上陸後、それらの問題を、即ち読者の強い希求を、ある意味でアマゾンに「丸投げ」してきたのだとしたら、その禍根は余りにも大きい。

 アマゾンなしには、本を売ることも、買うこともできなくなるのだ。

 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)、『紙の本は、滅びない』(ポプラ新書、2014年)