○第157回(2015/10) 出版業界紙『新文化』のフロントページに、11月下旬の二週間に亘って拙稿を掲載していただいた(10.22号、10.29号)。テーマは、出版業界の「収縮=シュリンク」である。 「シュリンク」という言葉は、ぼくたちの業界では、コミックに被せるビニールカバーのについて使われる。コミックの「シュリンク」は、商品より少し大きめのビニール袋にコミックを入れ、熱によってビニール袋を収縮させることによって行う。 第一週には、「返品率抑制策」を至上命題とすることによる出版流通の「量的シュリンク」、第二週には、そのこととも深い関係を持つが、POS データ至上主義による「質的シュリンク」について批判的に書いた。今の出版ー書店業界は、さまざまな面で、コミックのシュリンクのように「縮み上がっている」と感じるのだ。 『新文化』からのそもそもの依頼は、「買切」について書いてほしいというものだった。時期的に言って、紀伊國屋書店が大半を買い取り、他書店にも「買切」で卸した村上春樹『職業としての小説家』について見解を述べよということかな、と推察した。もちろん拙稿でもそれには触れたが、ぼくの関心は「買切」よりも「返品率抑制」至上主義にあった。「返品率」に囚われる余り、物流そのものが過度に抑制されている、そのことが出版業界の「シュリンク」をもたらし、収益を圧迫しているのではないか?「返品率抑制」を金科玉条にすることによって、出版という生業にとって何が最も重要かということが忘れられていないか?というのが、ぼくの問いたいことだった。 取次、書店の収益は、販売総額×収益率(取次の所謂口銭、書店では1ー仕入正味)である。収益率は概ね一定だから、収益は、販売総額に比例する。最も重要なのは販売総額であり、返品率ではない。返品率はあくまで販売行為の結果であり、何らかの施策によって操作できるものではない。「返品率」に拘るあまり、流通量を減らし、それが販売総額の減少に繋がっているとすれば、まさに本末転倒である。 何かの言葉に拘る時、ぼくたちは往々にしてきちんとした検証なしに印象だけでものを言ってしまう。「返品率抑制」は即利益につながるかに思える耳障りの良い言葉であるが、実際のところ返品率と利益の関係はどうなっているのか?簡単な式を立ててみた。 P;利益 W;送品額、R;返品額、p;利益率(取次 書店出し正味−仕入正味、書店の1−仕入正味)、e;経費率(取扱量単位金額あたり経費の率) r;返品率(r=R/W)とする。 利益Pは、販売額(送品額ー返品額)×利益率から経費(総返品総量×経費率)を差し引いたものだから、P=p(W-R)-e(W+R)とあらわすことができる。
返品率が「利益率と経費率」の差を「利益率と経費率」の和で割ったものよりも小さければ、必ず利益が出るのである。 また、P=p{(1-r)-e(1+r)}Wだから、利益がでる返品率rの範囲内では、rが一定であれば(p,eは定数と考えられるから)利益Pは送品額Wの増減に比例して増減する。但し、実際には返品率rは送品額Wによって変動するから、送品額Wがいくらであれば利益Pが最大になるかの極大点や極大値をを求めるのは、難しい。 以上まとめると、次のようになる。 取次、書店の利益は、販売総額に利益率を掛けたものから、送返品にかかる経費を差し引いたものである。一定量の商品を送品(仕入)・返品するために必要な経費の率を経費率とすると、利益が出る返品率の上限は、送品量に関係なく、利益率と経費率から計算できる(利益が出る返品率の上限=(利益率−経費率)/(利益率+経費率)。そして返品率がそれ以下の場合に得られる利益は、送品(仕入)総額と返品率の両方で決まる。送品総額と返品率は相関するから極大点、極大値を求めるのは難しいが、総じて、送品(仕入)総額は大きいほど、返品率は小さいほど利益は大きくなる。だから、返品率にだけ着目してそれを抑えるために送品(仕入)量を抑えるのは、2つの変数の片方しか考慮していないことになる。 『新文化』の原稿では、このあと、「利益率」だけに拘る余り送品量を抑制すること、それによって出版業界が「シュリンク」していくことの弊害を述べていった。 ところで、先ほどの数式は、囲みか何かで掲載してほしいと『新文化』の原稿に添えたものだったが、掲載は見送られた。紙面構成上難しいかなと最初から思っており、ぼくもあっさり呑んだのだが、数式を見ると鼻から理解しようとしない向きが多いのも、大きな理由だった。使っているのは中学でならう代数の四則演算だけなのだけれども。 そのことこそ、即ち「本当に計算した上で言っているのか?」ということこそ、今の出版業界に突き付けたい問いだったのだが。 |
福嶋 聡 (ふくしま
・あきら) |