○第204回(2019/12)

 11月21日(木)午後、浪速区役所で「大阪市浪速区SDGs推進連携宣言式」が開催され、ぼくたちはSDGs関連書の出張販売に赴いた。区の市民協働課の依頼を、行政と地域の中間支援に取り組んでいる、浪速区のまちづくりセンターの笹部さんが繋いでくれたものだ。笹部さんは現在関西学院大学社会学部で、講師も勤めている。これまで2度トークイベントにご登壇下さった関西学院大学の阿部潔先生が、笹部さんをご紹介下さった。今回の出張販売も、だからトークイベントが繋いでくれた縁だといえる。

繋がる世界と地域

 SDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)は、2015年9月にニュヨークの国連本部で行われた国連サミットで採択された、国連加盟193カ国が達成を目指す2016年から2030年までの国際目標である。

 「持続可能な」と冠されると、ローマクラブが1972年に発表した第一回報告書「成長の限界」が連想される。が、「成長の限界」が地球環境の危機を強く訴えたものであるのに対し、SDGsは、17の目標の第一が「貧困をなくそう」であるように、環境保護―社会的包摂―経済開発のすべてに亘って「誰一人取り残さない」社会の実現をめざした、福祉、環境など広範な課題に合的な取り組みである。

 17の目標のなかには、「4.質の高い教育をみんなに」、「5.ジェンダー平等」、「8.働きがい」など、広範囲に亘る項目が含まれており、昨今次々に刊行されている関連書を、ローマクラブ報告のように、「環境」の書棚に並べてしまうのは、的外れであると言わざるをえない(とはいえ、そこまで包括的な書棚は無いから、今はやむを得ないのだが)。

 17の項目には、今日的な課題が網羅されている。SDGsを他人事と知らぬ顔を決め込むことができる人はいない。すべての企業、そして自治体、国に、そしてこの時代を生きる一人ひとりに、その課題群は突きつけられているのだ。

 区長の挨拶で幕を開けた「宣言式」では、まず美化運動功労者の表彰があった。表彰されたのは、道路・公園の掃除を続ける人たち、そして、太平洋戦争末期の大阪大空襲について学習し、その成果をまとめた大阪市立敷津小学校の生徒たちだった。生徒たちの学習成果は、そのあと、SDGsについての説明を挟んで発表されたが、スライドを駆使し、アンサンブル(群読)も見事なパフォーマンスであった。「二度と戦争を起こしてはいけない」という決意が、親の世代、祖父母の世代さえ戦争の記憶が無い子どもたちの発表によって、ぼくたち観る者の胸に刻まれたのである。

 環境カウンセラー上田晴香さんによる「SDGs宣言式講演 未来のものさしはなに?」をはさんで、大阪市立難波中学校の生徒会の人達によって、「浪速区SDGs推進宣言」が読み上げられた。

 「…誰一人取り残さない、住み続けたい浪速区を目指して、直面する社会課題や地域課題に対して、みんなで連携と協力を勧め、地域の発展にむけていっしょにSDGsの推進に取り組んでいくことを、ここに宣言します」

 「宣言式」において、子どもたちが主役となったのは、来るべき未来を見つめるSDGsに、ふさわしいことだったと思う。

 そのあと、交流会となり、本の販売の時間となった。隣のブースでは、天王寺動物園の人たちが、鹿と狼(鹿は本物、狼はレプリカらしい)の骨などを展示、訪れた人たちに説明していた。

 ぼくたちの本の売り場には、交流会の半ばくらいから、参加者や役所の人たちが訪れてくださった。約3万円を売上げ、アルバイト1名とたまたま体験学習に来ていた中学生とぼくの3人で、約25分の道のりを100冊あまりの本をカートに詰め込んで歩いて運んできた労は、報いられた。(体験学習の中学生を連れて行ったことは、ある人から呆れられた。しかし、区役所で区の宣言を聞きながら本を売るという機会は、そうそうあるのものではない。同世代の中学生が宣言を読み上げたシーンに、彼はきっと何かを感じ取ってくれたことと思う。体験学習終了予定の時間が来て「そろそろ帰っていいよ」と声をかけても、彼は残ることを選び、結局終了までいてくれた。)

 区役所職員のみなさんも、入門書を中心に、本を買ってくださった。出張販売に来たぼくたちに気を使ってくれた面ももちろんあったろうが、区役所の人たちも又、SDGsとは何ぞや?という知識レベルだったからだろう。売りに行ったぼくだって、販売書目を選ぶためにデータを確認したとき、SDGs関連の新刊数・刊行予定数に驚いたのである。経済学の棚に行くと、知らぬ間に何点もの関連書が面陳されていた。そうして本を売る中で、榊正文区長、浪速区役所の職員の皆さんと交流できたのは、数字に現れない成果であった。

「ナショナル・チェーン店であれ、大型店であれ、書店は基本的に地元書店である」

 ここ数年、確信しているテーゼである。ぼくたちの店は専門書も扱っているから、高額商品やまとめ買いが売上をつくってくれていることは確かだ。だが、レジにいると、コミック1冊、雑誌1冊、NHKテキスト1冊を買いに来てくださるお客様も、店にとってとっても大切だと感じる。そうしたお客様は、われわれの店を「ふだん使い」してくださっているお得意様だからである。そうしたお客様の方が、丸善ジュンク堂書店のポイントカードを持っている確率も高い。

 11月16日に出たばかりの『60分でわかる!SDGs超入門』(技術評論社)を、ぼくも「宣言式」に先立って急ぎ読んでいたから、SDGs初学者として、区役所の人たちと共振していた。読みやすく初学者の理解を助けてくれるその本は、出張販売でも最もよく売れた(といっても5冊だが)。

本屋のSDGsとは

 『60分でわかる!SDGs超入門』を読み進みながら、ぼくたち出版―書店業界には、SDGsと関わっていく仕方が、全く違う二つの位相であると、ぼくは思い始めた。

 一つは、メディアとして出版物の普及により、SDGsについて多くの人に知らしめるという、出版―書店業界のそもそもの役割を果たすことである。

 そしてもう一つは、出版―書店業界自体が、SDGsの具体的な実践をすすめることである。その時重要な視点は、そうした課題解決が、それぞれの企業にとって、自社だけでの問題ではなく、また自社だけで解決できる問題でもないことだ。

 『60分でわかる!SDGs超入門』全6章のうちの第3章を「「サプライチェーン」からやるべきことが見えてくる」という項目に充てている。

“自分が働く会社のSDGsの取り組みを考えるうえで、自社だけでなく、関係する川上、川下のパートナーまで含めて目を配る必要があるということです”(p.72)。

 そして、具体的な事例として、2013年のバングラディッシュの首都ダッカの繊維工場が入った商業ビルの崩壊において、その繊維工場の危機管理の杜撰さや酷い労務管理が多くの犠牲を生んだことから、そこでつくられた低コストで良質な製品を販売していたユニクロやH&Mなどのブランドも国際社会からの批判を浴びた事例が挙げられている。

“この事故をきっかけに、サプライチェーンの川上の実態を明らかにし、川下に位置するメーカーもその責任を負うべきだという意識が高まりました” (p.72)。

 出版物のサプライチェーンにも、原材料の生産から消費者への商品販売の間に、多くの拠点がある。

 わが業界に課せられる課題としてすぐに思いつくのは、環境問題解決への積極的なアクションである。紙を原料とする出版業にとって、SDGsの目標15「陸の豊かさを守ろう」中の「持続可能な森林の経営」は、その課題に資する義務もあり、またその課題の達成が自身の存続に関わる、直に関係のある課題である。健全な労働形態の実現も、おそらく他人事ではない。

 他にもSDGsに含まれる多くの課題があると思われるが、ぼくが特に重要だと思うのは、わが業界の生産物、すなわち出版物の質の向上である。

 その中でも、いわゆる「ヘイト本」の問題を取り上げたい。業界全体の大部分が是としないそうした本がなぜ無くならないのか、むしろ氾濫しているのか?その理由は、出版―書店業界のサプライチェーンの各拠点が、自閉的になり、サプライチェーン全体への目配りを欠いていることにこそあると、今年11月刊の『私は本屋が好きでした――あふれるヘイト本 つくって売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス)で、永江朗は指摘する。

 曰く、「出版会はアイヒマンだらけだ」。(次回に続く)

 
 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会秋期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)『紙の本は、滅びない』(ポプラ社、2014年) 『書店と民主主義』(人文書院、2016年)