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○第205回(2020/2) 『私は本屋が好きでした──あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス、2019年)で永江朗は、書店、取次、編集者、ライターと本がつくられ、読者へと届く流れを遡りながら、多くの人たちにインタビューを行っている。12月28日にジュンク堂書店難波店で開催したトークイベントで永江は、我々に最も身近な「商品」の分析から始めて「資本」の本質を解明していったマルクスに倣い、読者に最も近い書店、読者が実際に本に触れる場、本を見る場である書店から始めたのだと言った。そして、
“ヘイト本にかかわる人びとはみなそれなりにアイヒマンである、と思った”(p.170 以下断りなければ、( )内は『私は本屋が好きでした』のページ)。
“アレントは、ユダヤ人虐殺に手を貸した者たちが、けっして悪魔のような存在ではなく、目のまえに与えられた仕事を淡々とこなすだけでその仕事の意味については深く考えようとしない、いたって凡庸な人びとであることを発見した”(p.170)。 アイヒマンは、そうした「凡庸な人びと」の代表である。永江は続ける。 “それと同じく、編集者にとっても取次の従業員にとっても、そして書店員にとっても、ヘイト本は他人事でしかない。たとえその本がみずから書いたり編集したり売ったりしているものであっても、しょせんは他人事なのだ”(p.170)。 なぜ「アイヒマン」とまで言ったのか 「アイヒマン」はキツイ喩えである。その痛烈な総括に対して、それが長く出版−書店業界のウォッチャーであり多くの著作で提言もしファンも多い永江の著作であるがゆえに余計に、少なからぬ批判的な反応が、刊行直後からネット上に現れた。それらを丹念に渉猟し、いくつかの文献を紹介しながら自らの所見を述べた、タサヤマ氏のnote“書店における「道徳」と「倫理」?「本屋とヘイト本問題」をめぐって”は労作であり、永江本並びに「本屋とヘイト本問題」について考えたい向きには、長文ではあるが是非一読をおすすめする。 noteの第2節「『私は本屋が好きでした』の諸問題」で、タサヤマ氏は、SNSでの批判的言説に自身の見解を交えて、批判点を次の6項目に整理した。 @書店現場の理解の浅さ、全体的な雑さ A問題の中核の一つに「書店の選書力の低下」を挙げたうえで、その主要な責任の多くをパートやバイトに帰したこと B書店の数を減らすことを肯定的に言及したこと C例えにアイヒマンを持ちだしたこと D「ヘイト本」が売れている日本社会自体の考察が足りない Eヘイト本の明確な選別基準を示さずに、その選別責任を本屋に課したこと 『私は本屋が好きでした』、僕がお相手したジュンク堂書店難波店でのトークセッション、そしてタサヤマ氏のnoteを踏まえて思うに、『私は本屋が好きでした』に多くの批判が原因は、永江が関連はあるのだけれど二つの違った次元の問題を、十分に腑分けせずに扱っていることにある。2つの問題とは、本屋が「ヘイト本」を棚に並べて売っていることの問題と、そうならざるを得ない現在の出版−書店業界の構造の問題である。敢えて妙な喩えを用いれば、実存主義的問題と構造主義的問題である。 実存主義的問題は、ヘイト本の存在を書店、あるいは個々の書店員の意識に帰する。 “それが積極的であれ、消極的であれ、店頭に置いている、売っているということは、書店がその本の存在意義を認めているということであり、その本が社会に及ぼす影響についての責任は書店も問われねばならない。「私は本屋なんで、本の中身は関係ありません」という言い訳は通じない”(p.178)。 “タイトルだけでわかるようにつくられているのがヘイト本だから、書店でひと月働いていると、サブタイトルや帯のコピーを見れば、内容も想像がつくようになる。せめてそういう本の扱い方だけでも変えることはできないのか。忙しいことは言い訳にならない”(p.179)。 永江は、書店や書店員の存在そのものを貶めているわけではない。逆に、書店という存在の意義、書店の持つ影響力を知るべしと訴えているのだ。 “書店関係者と話していると、彼らは、「書店というメディア」の影響力を過小評価しているのではないかと感じることがある。書店は当事者が思っている以上に、社会への影響力が大きいことに気づいていない。多くの人は、「書店に置いてあるから」というだけで信頼し、「書店員が選んだのだから」と期待して書籍を購入する”(p.181)。 現在の書店の状況を考えると、永江のこの言葉は、残念ながらやや「買い被りすぎ」と言えそうだ。だが、そうありたいと言う気持ちをぼくは永江と共有しているし、永江が本気でそう言っていることも、伝わってくる。永江は、ずっと「本屋が好き」なのである。今もなお。 書店を、そして書店で働く人びとを永江が愛している、それゆえにこそ、「こうあって欲しい」という永江の思いが、キツイ言葉を引き出してしまったのだと、ぼくは思う。 実存主義的批判から構造主義的批判へ だからこそ、いつしか永江の批判は、愛すべき書店員たちを「アイヒマン」「作業員」にしてしまった出版−書店業界全体への「構造主義的批判」へと向かう。 ”九〇年代後半以後、書店の現場で進んだ人減らしが、出版流通システムの負の側面を拡大した。多くの書店は疲弊していて、もはや「選ぶ」余裕がない。ヘイト本が無批判に並ぶ風景は、その結果であり、象徴である”(p.190)。 それは、愛すべき書店の人びとにすべての責を負わせ、糾弾し切ることへの永江の逡巡であったかもしれない。実際、彼ら/彼女らの労働条件が悪化の一途をたどってきたことも確かであろう。だが、そのことによって免罪することは、彼ら/彼女らを「アイヒマン」「書店員ではなく作業員」と言い切ったこと、「ヘイト本」を根絶するために敢えて心を鬼にした永江の決意を鈍らせたように思える。キツイ表現への多方面からの批判に「腰砕け」になってしまったように見えてしまう。 永江の意図、気持ちはどうあれ、「実存主義的批判」と「構造主義的批判」は問題の解決としては両立しない。個々の書店員に帰責するならば、労働条件等の構造については不問に付されてしまうし、出版書店業界の現在の構造に帰責するならば、個々の書店員は、無罪放免とすべきであろう。 恐らく「ヘイト本」隆盛の実態はその中間のどこかにあったのだろうが、永江の叙述は、その両方を批判したいあまり、両極を別々に描くにとどまっている。そのことが、タサヤマ氏が整理した批判@書店現場の理解の浅さを招来し、ABCの批判にも繋がっていると思う。 “ここまでわたしは「小さな本屋が好きでした。」と過去形で書いてきました。つまり、いまではかならずしも小さな本屋が好きだとはいえない、ということです。数年前から小さな本屋をのぞくのが苦痛になってきました。ときどき不愉快な思いをするようになったのです。その原因がヘイト本です”(p.15)。 冒頭近く、このように書き起こす永江は、間違いなく、書店店頭から「ヘイト本」を無くす、少なくとも目立たなくさせる途を模索している。かつて好きで好きでたまらなかった本屋に、「ヘイト本」が目に触れるのが嫌さに行きたくなくなっていることを嘆き、「復古」の途を探っている。 だが、本書に、その道が明確に提示されているとは、言い難い。 いまなお本屋がアリーナでいられるために 永江はまた、「ヘイト本」に対する法規制を求めたり、自主規制を強めることを奨励しているわけではない。『私は本屋が好きでした』でも、「取次が本の内容に関知せず、あえて選別しない姿勢を、わたしは基本的に支持する」(p.194)と言っているし、『誰がタブーをつくるのか』(永江朗著、河出ブックス、2014年)には、次のような箇所がある。 “表現の自由は民主主義社会の前提条件である。だから表現に関する法的な規制は少ない方がいい。できるだけゼロに近づけたほうがいい。他人の権利を侵害する表現についてはどうかという問題もあるが、ぼくはそれについてもできるだけ規制しないほうがいいと考えている。その代わり、権利を侵害された側の反論や、傷つけられたり失われた名誉などを回復するためのルールをつくらなければならない”(『誰がタブーをつくるのか』p.202) 。 12月28日のトークイベントでも、反体制的なものを含めたミニコミ誌を揃え、『四畳半襖の下張』のコピー本を販売したとして逮捕者を出した模索舎の、「流通の自由なくして表現の自由なし」という基本理念への敬意を表明していた。永江の基本的な姿勢は、変わっていないと思う。 だが、『私は……』の次の箇所を読むと、立ち位置が微妙に移動していることが感じられる。 “いろいろな本が出ているほうがいい、たとえその本によって傷つく人がいても。言論には言論で対抗すべきだ……というのは正論であり、ことの前提ではあるけれども、傷つけられた側にとっては深刻な問題である”(p.202)。 『誰がタブーを……』では「反論」や「名誉などを回復するためのルール」を提唱しているが、『私は……』では、「言論には言論で」というのは正論だが、正論だけではすまされない、というニュアンスが加わっている。 想像するに、永江が『誰がタブーを……』を書いたあと、2014年に「ヘイト本」の爆発的なピークを迎え、その後百田尚樹やケント・ギルバードの歴史修正主義的な本がベストセラーとなっていったことが、影響しているのか。永江の次の言葉が、そのことを感じさせる。 “ものには限度というものがあるのではないか。なんぼなんでもひどすぎる、ということがあるはずだ”(p.205)。 気持ちは、わかる。だが、これでは何を「ヘイト本」と見なし、排除すべきかの「ものさし」にはならない。そのことが、批判Eヘイト本の明確な選別基準を示さずに、その選別責任を本屋に課したことを招来している。 永江は、ぼくの「書店=言論のアリーナ論」を、過分に、評価してくれている。 “ヘイト本と書店との関係について述べた文章でもっともすぐれたものは、福嶋聡『書店と民主主義――言論のアリーナのために』(人文書院、2016年)である。……書店がヘイト本をどう扱うべきか、こうしたものにどう臨むべきかは、この本で語りつくされている”(p.77)。 そして、「わたしも福嶋の意見に心から賛同する」(p.80)と書く。 そのことは、素直に嬉しい。だが、ぼくの「書店=言論のアリーナ論」は、実は永江が『私は……』で展開したかった議論、更にはこの本に対して批判的な感想を寄せた多くの人の意見とも、ある点で明確に対立しているのである。先程過分にと言ったのは、そのためだ。 永江と批判者双方が、その基準をどうするか、誰が責任を持つべきかについてはグラデーションを伴いながら、「ヘイト本」を店頭から無くすべきだという点では一致しているのに対し、ぼくの「アリーナ論」は、「ヘイト本」を店頭から外すべきではない、と言っているからだ(「アリーナ論」については、『書店と民主主義』、または本コラム147回、167回などを参照していただきたい)。 永江が過分に評価してくれているぼくの「アリーナ論」こそ、永江、そして永江を批判する人たちの両方に対して、その根拠は何かと、ぼくが弁証を行わなければならないものなのである。 一言でいえば、ぼくが「ヘイト本」を店頭から外すべきではないと考えるのは、「なんぼなんでも」と思わない読者が、現に存在するからだ。そのことを、書店現場にいるぼくたちは、誰よりもよく知っている。そして、「ヘイト本」を見えなくしても、そうした人たちの考え方は変わらない。それを変えていくには、強力な反対言論をぶつけるしかない。そのためには、今なお生まれ続ける「ヘイト本」、歴史修正主義的な言論から目を背けずに、倦まずそれらをターゲットとする議論を立ち上げていかなくてはならない。そのためにも、「ヘイト本」の存在を明らかにしなくてはならないということに、ぼくの、「ヘイト本」も置くという選択の根拠がある。 タサヤマ氏のnoteに拾い上げられた『私は……』に対する批判的意見の中では、「Taiga|書店員」氏の“ヘイト本はうれるべくして売れるということ。すでにそうしたものが売れる土台が社会にできてしまっている。本当なら、この土台の部分から話を始めなければいけないのですが、「どうすれば本屋からヘイト本がなくなるか」ということにしか焦点が当てられていないのです”が近い。その意味で、ぼくの「アリーナ論」は、同noteが整理した批判D「ヘイト本」が売れている日本社会自体の考察が足りないと通底している、と考える。 「なんぼなんでも」という私的な感情を公的対話へと導いていくための言語化が必要なのではないか。その言語化の遂行を担うべきは、やはり書物という媒体ではないか。 永江もまた、そうした『NOヘイト』(ころから、2014年)刊行以後なかなか活発にならない「ヘイト本」についての議論の立ち上がりを期待して、『私は本屋が好きでした』を上梓、出版・書店業界と読書層に投げ込んだのだと思う。 多くの批判が寄せられたことを、永江朗は喜んでいると、思う。
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福嶋 聡 (ふくしま
・あきら) |