○第92回(2010/5)

「衝撃」が、津波のように押し寄せる。『キンドルの衝撃』(毎日新聞社)に続いて、『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー)。後者は4月のジュンク堂書店池袋本店新書部門の売上第一位となった。

アマゾン・ドット・コムが「キンドル」を2007年11月に売り出したのを皮切りに、ソニーや、米大型書店のバーンズ&ノーブルも対抗機を発売、2010年1月にはアップルが「iPad」を発表、早くも「iPad」は5月28日から日本でも販売され、「キンドル」日本版の上陸も、噂される。電子端末が続々と出現、先行したアメリカでの普及も速く、日本の出版=書店業界全体が戦々恐々としているなか、『電子書籍の衝撃』が多くの、さまざまな人たちの手に取られるのは、当然のことかもしれない。そして『電子書籍の衝撃』をひもといた、「紙の本」に携わる多くの人が、文字通りその内容に『衝撃』を受け、将来に大きな不安を感じたようだ。

だが、多くの人が手に取るから「真実」があるわけではなく、多くの人が読んだ言説の予言がその通りになるとは限らない。ベストセラーの著者が持つ現状認識も、推論構造も、きちんと検証してみなくてはならない(多くの場合、ベストセラーなればこそ尚更、と言える)。

『電子書籍の衝撃』の著者、佐々木俊尚は言う。
”これまでだったら、ほしい本は書店に買いに行かなければいけませんでした。都心の大きな書店ならともかくも、地方の書店だと自分のほしい本が置いてあるとは限りません。古い本だと絶版になっていることも多いし、そもそも書店にまで足を運ぶという手間は省けないのです。アマゾンのオンライン書店なら配達してもらえますが、日にちはかかるし品切れになっていることも多い。”(『電子書籍の衝撃』ディスカヴァー P46)

「書店に買いに行かなければいけませんでした」、「そもそも書店にまで足を運ぶという手間は省けない」、まるで書店に赴くという行為は、本を入手するための「必要悪」であるかのような表現である。そうした「手間」のないオンライン書店にしても、「 日にちはかかるし品切れになっていることも多い」、だからこそ電子書籍への移行は望ましいものであり、必然的だ、これが電子書籍待望論=紙の本駆逐論(そしておそらくは=書店不要論)の基本的な構図のひとつだといってよいだろう。

だが、その推論は果たして自明なのか?

また、佐々木は、1998年、約150社の出版社と電機メーカーが集まって旗揚げした「電子書籍コンソーシアム」がわずか2年で閉鎖されたことにも触れ、“本当はインターネットを経由して電子ブックをどう流通させるかという枠組みまで検討するはずだったのですが、本の卸売を行っている取次が参加していたことから、「書店を中抜きしたら困る」という話になり、結果としてネット配信ではなく書店に端末を置くという変なしくみになってしまい”(同P125)、“日本でこの取次中心の流通システムが確立している状況の中では、出版社も取次に遠慮して、電子ブックになかなか本を提供してくれません。” (同P128)と、その失敗の主因が取次にあったかのように述べる。それは、果たして事実か?

こうした、書店や取次即ち現在の日本の出版流通システムへの批判に対し、「購書空間」という概念を引っ提げて果敢に反論したのが、前回コラムでも取り上げた柴野京子『書棚と平台』(弘文堂)であった。

” 人と本の関係は、読書以前にまず物体としてのそれを手にする場面、購書に始まると筆者は考えている。(中略)その人にとっての一冊がどこで選ばれるのかは、単純な命題のようにみえてあまり考察された形跡がない。しかし、それがおそらく生産に従属しない、流通独自の作用なのである。
  購書空間は、この作用をはかるためのアイデアである。オルダースンの定義にしたがって、「意味のある集合」をつくり出すのが流通機能とするならば、購書空間はその最終段階で直接人々に意味を提示する自立した装置、テクノロジーと考えることができる。“(『書棚と平台』P108)

ぼくは、書店人が販売しているのは、「読書」という経験であり、書店で本を選び購入するという作業こそ、その第一ステップだ、という信念を固く持っている。その信念は、柴野の議論に共振する。いかに魅力的な「購書空間」をつくり得るか否か、それが出版社―取次―書店という現在の出版流通システムの、更にいえば「紙の本」が命脈を保つか否かの分かれ目であろう。「そもそも書店にまで足を運ぶという手間」ではなく、「足を運ぶ」こと自体が愉しみと感じていただけるような書店づくりができるかどうか、が。
 

 

<<第91回   第93回>>

 

福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)