○第94回(2010/7)

法律やビジネス関係のさまざまな資格取得などを目的とした専門学校のポスターが壁面を占拠し、専用の引き出しやラックなどにパンフレットが溢れかえった光景は、書店では見慣れたものになっている。その書店は、契約した専門学校の入学・受講受付を代行する。手数料は5パーセント以下だが、入学金・授業料を合わせると何十万円にも上るものもあるから、それでも馬鹿にはならない。但し、さまざまな講座があり、それぞれにいくつかの受講形態があり、また書店店頭・大学生協受付価格が通常価格より割引されているものも多く(だから、受講者はわざわざ書店まで受付に来られる⇒書店店頭で受付を済ませた後、その専門学校まで赴かなければならないことが多い)、その受付業務は、複雑極まりない。よって、間違いやトラブルも頻発、書店で代金を払った受講希望者が、学校から戻ってきてキャンセル、なんてこともママある。

何故、専門学校は(率はともかく金額にすれば馬鹿にならない)手数料を払い、受講者に「ご足労をかけ」てまで、書店に受付業務を委託するのだろうか?

受付業務が面倒な訳ではない。十分に知識のない書店スタッフが講座や金額を間違えて、それを受講者・書店双方に納得のいくように説明し、軌道修正する作業を考えれば、最初から事情の分かった自前のスタッフが受け付けた方が、絶対に楽な筈だ。

余りに多いミスを回避すべく、書店では受付伝票に日付・住所・名前を記入してもらうだけで、現金のやり取りは学校に来ていただいてから行うという形態も増えてきたのだから、釣銭の準備が面倒だからでもない。

逆に言えば、何故そこまでして、単に受付伝票に記入してもらうだけのために、受講生に「ご足労をかけ」て、書店に行かせるのだろうか?

受付後できるだけ速やかに学校に来るよう指示しているのだから、書店でテキスト、参考書をついで買いさせるのが目的ではない。まさか、普段から自社の出版物(多くの専門学校は出版の部署をもったり、関連会社によってテキスト等を出版している)を販売してもらっている書店に報いるために、少しでも受付手数料を払いたいからでも、あるまい。

本当の目的は、最初に描いた、書店店頭の光景を思い起こせば、分かる。ポスターとパンフレット設置のためである。

どんなに美観にうるさく店頭でのポスター貼付やパンフレット設置を嫌う書店でも、自店が特約店として受付業務を行っている専門学校のポスターは貼付し、さまざまな講座のパンフレットは、置く。書籍・雑誌と違って何ら「実体」を持たない受付業務は、そうして告知するしかないからだ。

そして、それは専門学校にとって極めて効率のよい広告であり、ポスター貼付、パンフレット設置の場所を書店に確保することは、営業マンにとってかなり重要度の高い課題なのだ。漠然と資格を取りたい人から、この資格を死んでも取ると意気込んでいる人まで、彼らの商売(失礼!?)のターゲットがほぼ例外なく訪れる場所こそ、書店だからである。前回の最後のところで、各種専門学校の人びとが、「書店のモチヴェーション喚起・増幅能力を、既に随分前から知悉している」と言ったのは、そのことである。数パーセントの受付業務手数料は、実は、広告費だったのだ。

広告が何よりも目指すべきは、その広告に興味・関心を抱くであろうターゲットの、目に留まることである。そこで、専門学校のポスター、パンフレット等は、ターゲットの集まる書店や大学生協に設置される。

その、広告という業態=利益獲得形態を利用し、世紀を挟んで瞬く間に大成長を遂げた企業がある。言わずと知れた、Googleである。コンテンツ連動型広告(サイト内にどんなキーワードがあるのか、またどんなキーワードが好ましいのかを自動抽出し、そのサイトにあった広告を掲出する事でユーザーの嗜好とメディアの指向とがマッチさせる)のGoogle AdSenseや、検索連動型広告(検索エンジンで一般ユーザーが検索したキーワードに関連した広告を検索結果画面に表示する)の Google Adwordsは、まさにターゲットの集まる(ウェブ)空間に広告を設置する仕組みである。効果(見られる⇒販売に繋がる)の大きいところに、広告は集まる。その「場」を提供している企業に、広告費は集まってくる。「場」であるウェブ空間には、限りはない。

あくまでリアルな空間である書店には、限りがある。それでも、その本質において、専門学校の受付業務は、アフィリエイト(ウェブサイトの閲覧者が広告主の商品あるいはサービス等を購入し、生じた利益に応じて広告媒体に成功報酬与える一連の形態)のささやかな先駆けだったと言えるだろう。いずれも、できるだけ多くの人が「訪れて」下さること、それが利益の源であることに、違いはない。

(ジュンク堂書店では、消防法の遵守とと美観の重視のため、基本的にはパンフレット・ラックの設置はお断りしている。難波店では、あくまで本の販売で勝負したいため、専門学校の受付そのものを行っていない。)

 

 

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福嶋 聡 (ふくしま ・あきら)
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。1982年ジュンク堂書店入社。神戸店(6年)、京都店(10年)、仙台店(店長)、池袋本店(副店長) 、大阪本店(店長)を経て、2009年7月より難波店店長。
1975年から1987年まで、劇団神戸にて俳優・演出家として活躍。1988年から2000年まで、神戸市高等学校演劇研究会終期コンクールの講師を勤める。日本出版学会会員。
著書:『書店人の仕事』(三一書房、1991年)、『書店人の心』(三一書房、1997年)、『劇場としての書店』(新評論、2002年) 『希望の書店論』(人文書院、2007年)