本屋とコンピュータ(62)
  

        福嶋 聡 (ジュンク堂 池袋店)

 

 『アマゾン・ドット・コムの光と影』(横田増生著 情報センター出版局)を読んだ。

 そもそもぼくは、「アマゾン上陸」を「黒船来航」に譬える脅えかたには与してこなかった。それ以前に、ネット書店vsリアル書店という図式に「最終戦争」的なイメージを持ったこともない。ネット書店とリアル書店は、自ずからその役割が違う、それぞれに利不利があり、読者はその利不利を使い分けるだろうから、相互に補填しあうものという認識だった。その使い分けは、図書館と書店の使い分けと同趣のものである。使い分けに異を唱えても何ら生産的な議論にはならず、使い分けを通じて「読者」が「再生産」されることが、それぞれにとって重要なのだ、というのがぼくの立ち位置である。

 本書の次のパラグラフにぶつかった時、自らの立ち位置を移動すべきではないかという疑問を持ったわけでは決してないけれど、立ち位置の磐石さについては、再検証すべきかもしれないと感じた。

 “リアル書店の売上げランキングでは、一〇〇〇億円を超す紀伊國屋書店と丸善がトップ集団となる。四〇〇〜五〇〇億円を売り上げる文教堂と有隣堂が二番手集団だ。アマゾンジャパンの売上げを「五〇〇億円超」とするなら、もちろん売上げ構成比の違いはあるものの、二〇〇三年段階ですでにこの二番手集団につけていることになる。・・・このまま注文件数が増えつづければ、アマゾンジャパンは二〇〇四年にも売上げを一〇〇〇億円台に乗せて、日本の書店ナンバーワンの座に躍り出る可能性が出てきた。”(P184

 周知のとおり、日本の書物の販売総金額は、間違いなく落ちてきている。その状況で、短期間でアマゾンジャパンが「二番手集団」につけてきているということは、間違いなく既存のリアル書店の売上げを食ってきた存在だということだ。

 “日本のリアル書店が営々と積み上げてきた売上げ数字を、アマゾンジャパンは二〇〇〇年のサイトオープンからわずか数年で凌駕しようとしている。それは、二本足でトボトボと歩いていく一団を、後ろから車に乗って追い越していくようなものであり、勝負の土俵が違っているように見える。これはオールドエコノミーの典型である日本のリアル書店が、ニューエコノミーの急先鋒であるアマゾンに敗北を喫したことを意味している。”(P274)と、横田氏は明確に述べている。

 本書は、アマゾンジャパンの成功を称揚する本ではない。アマゾンの作業現場に、アルバイトとして「潜入取材」を試みた横田氏の、告発に満ちたルポルタージュである。

 “「ここでは、一分間に三冊の本をピッキング(本を探して抜き出す作業)してもらうことになっています。できるだけ早く達成できるようにがんばってください。それとみなさんの作業はすべてコンピュータに記録させてもらいます」”(P54)と、就業と同時に横田氏は告げられる。潜入ルポに先立って横田氏は、鎌田慧の名著『自動車絶望工場』を再読するが、実際にアマゾンでの就労を重ねるにつれ、次のような感想を持つに至る。

 “しかし、無駄とは知りながらも不満を言おうという思いが湧くだけトヨタの方がましなのかもしれない。この一見些細にも見える差異にこそ七〇年代と現在の労働環境の違いが、凝縮されているように思えてならなかった。

 アマゾンのセンターにおいて、アルバイトとは“時給で働くロボット”にすぎない。七〇年代、トヨタのコンベア上で細分化された作業はさらに細かくわかれ、ここでは入ったばかりのアルバイトが即戦力になり得るほどシステム化されている。“(P119

 だからこそ、“アマゾンも日通も、人が長つづきしないことを、露ほども気にしていない・・・。ここでは、アルバイトとは募集広告をうちさえすれば、陸続としてやってくる“使い捨て人材”の異名でしかない。“(P78)のである。

 昨今問題になっている「格差社会」の見事なサンプルであるこうした状況を、批判する眼は絶対に必要である。前回ぼくが、“むしろ、「民主主義」・「経済的格差是正」という理念と相反して、「シリコンバレー」は、新しい格差を生み出し、確立し、拡大していく装置になる危険性が高い。”と述べた危惧とも通底していると思う。

 但し、本を売る戦場で凌ぎを削っている立場としては、さしあたりそこの部分を攻撃することは差し控えたい。ビジネスとして、言い換えれば顧客獲得の戦場にあって、相手の雇用条件の悪さを論うことは、何の武器にもならないからだ。あくまでもビジネスの現場で求められているのは、まず顧客の満足であり、被雇用者の満足ではない。(もちろん、その双方は矛盾・対立するものではない。理想論と詰られようが、ぼくは双方が両立し、相互に支えあう状況を目指したい。それでも、優先順位は、顧客の満足が上である。)

 その意味で、本書で語られる次の状況の方が、むしろとても気になる。

 “バイトをやめた後で都内を取材してまわっているときのことだった。その日の取材先を訪ねる前にどうしても目を通しておかなければならない本を買おうとして、リアル書店を、まわった。京葉線沿線の駅前の本屋に入り、本を棚入れしていた女性店員を見つけて、探している書名を告げれば、明らかに作業を中断されて迷惑だという顔をしながらコンピュータで検索してから、「うちには、置いていません」と一言だけ言って、作業に戻っていった。結局三軒目で本は見つかったが、このときも、「前もってアマゾンで買っていればこんな不愉快な思いはせずに済んだのに」と後悔した。” P238

 オンライン書店bk1を傘下におさめたTRC(図書館流通センター)代表取締役会長の石井昭氏も次のように言う。「はじめのころ、リアル書店とネット書店の比率は九対一ぐらいで落ち着くだろうと思っていた。けれど、現在までの顧客動向を見ていると、八対二ぐらいまでに伸びそうな勢いです。・・・・これは、リアル書店がお客さんに対して不親切だという裏返し。本の流通に問題があるという証拠でしかない。お客さんは単純に『ネット書店の方が便利じゃん』と思って利用しているわけです」(P263

 リアル書店が「親切」で「便利」であること、リアル書店で本を買うという経験自体が快適であること、そんな環境を作っていくことが、何よりもまず重要だと、改めて思う。

   
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© Akira    Fukushima
 2006/09
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