本屋とコンピュータ(74)
  

        福嶋 聡 (ジュンク堂 大阪本店)

 『ビッグイシュー』をご存知ですか?

 そう、ホームレスの人たちが街角で独占販売している雑誌だ。彼らの脱ホームレス化を目指して、まずイギリスで発行・販売が始まった。同じ志を持ち、2002年から『ビッグイシュー日本版』を発行し続けているのが、「ビッグイシュー・ジャパン」代表佐野章二さんである。

 かつての部下K君からのメールが、きっかけだった。ぼくの異動を知らずまだ池袋にいると思っていたK君は、ぼくの(異動に伴って変わらない)メールアドレスに、“「ビッグイシュー」の活動を書いた『突破する人々』(大月書店)に感動し、その活動に関わっています。「ビッグイシュー」のバックナンバーフェアを池袋本店で開催してはどうでしょう。”という提案メールをくれたのだ。

 ぼくは、“知らせてなくて申し訳なかったが、実は僕は今大阪本店にいる。”と返信した。

 K君は、“代表の佐野が大阪にいますので、こちらでのミーティングの際、是非福嶋さんを訪ねてくださいと言います。”と再返信してくれた。

 もとより、「ビッグイシュー」には関心があったし、『フリーターズフリー』(人文書院)で佐野代表のインタビュー記事を読んでその関心はいや増していたところであった。大阪本店で何らかの企画を打てるかどうかはともかく、佐野代表に会いたい気持ちは強くあったので、K君の提案はとても嬉しいものだった。

店 を訪れて下さった佐野代表にまずぶつけた質問は、「『ビッグイシュー』のバックナンバーフェアは、ぼくが担当ではなかったのですが、池袋本店でもやりました。ただ、その時ぼくが一抹の疑問を感じたのは、こんな風に書店で『ビッグイシュー』を売り、販売員さんたちの「割り前」を取ってしまっていいものかどうか、ということです。」

 佐野代表の答えは明確だった。「いや、むしろ書店でバックナンバーフェアをやってもらえるのは大変ありがたいのです。『ビッグイシュー』は、日本での活動開始時にマスコミに取り上げられ、そこそこの知名度を持ってはいますが、まだまだ足りない。私たちは、買って読むに足る雑誌として企画編集を行っている。これは決してボランティアではなく、商行為なのです。路上販売という形態の弱点は、“立ち読み”をしてもらいにくいところにある。だから、バックナンバーフェアを書店で行って、『ビッグイシュー』の雑誌としての良さをより多くの人に分かってもらいたいのです。それが、販売員の最新刊の売上に繋がっていくのです。」

 ぼくは得心し、12/10〜1/10のバックナンバーフェアを決めた。

 佐野さんと話しているうちに、気鋭のアジア学者である中島岳志氏が、札幌で「ビッグイシュー」の活動を支えていることを知った。ぼくは喰いついた。

 「中島さんは大阪のご出身ですから、お正月休みにこちらに帰られるなら、フェア期間中にトークショーを、というのは無理でしょうか?」

 正直、ダメ元で言ったことだが、佐野さんはすぐに中島さんに連絡を取って、快諾を得てくれた。但し、お正月は混むので、12月10日頃に帰る、11日夜は空いているのでそれでよければ、という回答だった。

 日程的には、バックナンバーフェア開始に合わせられる。その回答を得たのが11月の終わり近くで情宣期間は半月を切っていたが、決行に踏み切った。タイトルは、「中島岳志、ビッグイシューを応援す!」とし、中島さん、佐野代表、『ビッグイシュー日本版』編集長の水越洋子さんをパネリストとした。チラシ、ポスターは「ビッグイシュー・ジャパン」が作ってくれた。

 中島岳志人気かビッグイシューへの関心の高さ故なのか、予約はどんどん入り、当日を待たずして「満員御礼」となった。

 当日は、ぼくが時々「ビッグイシュー」を買っていた販売員の方も参加下さった。彼は、『中村屋のボース』を読んで中島さんのファンになり、それで来たのだ、と言った。一方中島さんは、かつてその販売員から「ビッグイシュー」を買っていたことを話した。出来すぎた話のようだが、実は不思議はない。その販売員はずっとジュンク堂大阪本店から一番近い場所で「ビッグイシュー」を売り続けていて、中島さんは『中村屋のボース』を書くための資料を、ジュンク堂大阪本店に買いに来てくれていたからだ。

 書店が「劇場」であり「工房」であること、そのことに改めて矜持を覚え、そうであり続けるために、ここ大阪でも果敢にイヴェントを企画していくべきだと確信した次第である。

   
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© Akira    Fukushima
 2008/01
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