本屋とコンピュータ(77)
  

        福嶋 聡 (ジュンク堂 大阪本店)

 前回に引き続き、三月後半に大阪本店で開催したトークセッションについて。

 まずは、三月二〇日に行った金益見さんの「ラブホテル進化論」。神戸学院大学大学院生である金さんが、修士論文を進化させて何と文春新書で上梓した『ラブホテル進化論』刊行記念である。

 金さんとは、昨年、前回紹介した湯浅氏が発表を行った出版学会で出会い、文春新書でのデビューを聞いて、「よかったら、書店でのトークショーなどしませんか?」と口説き、快諾を得たのだった。古臭い言い方だが、とても「気だてのいい子」で、かつ真摯な研究者である。当日は、出演したラジオ番組で放送作家が作ったシナリオを持ってきてくれ、それをもとにぼくとトークをするという形式を取った。もちろん、ぼくオリジナルの質問もしたが、土台があったので、とても楽だった。そんな気配りも十分できる人で、また、文春新書デビューに浮かれることもない。マスコミからの依頼は多いが、たいていは断っているという。少し前に、金さんに多くの資料を提供した師といってもいい井上章一氏に、国際日本文化研究センターで久しぶりにお会いしたが、井上氏が「マスコミに変なイジラレ方をするのが心配」と言っていたのが紀優と思われるほど、慎重でしっかりしている。『夕刊フジ』で、「おかん」という表現をされていることに、「私は母のことを『おかん』などと言ったことは一度もない!」と涙ながらに糾弾していた姿が印象的だった。

 「箱入り娘」どころか「重箱入り娘」だった金さんがラブホテルを研究対象に選んだのは、自らの偏見に気付いた時だと言う。ラブホテルとは、「ヤンキー」たちだけが使うと思っていた金さんは、友人が「彼氏と普通に使っている」という事実に衝撃を受けた。金さんは、「足を使った」調査を不可欠と説く師の教えを忠実に守り、体当たりでフィールドワークを行った。

 若い女性が一人でラブホテルを訪れても、部屋にも入れてもらえない。風俗営業に違いないと思われるからである。それでも金さんは果敢にラブホテルの舞台裏に潜入し、(廊下を映し出す)モニターを見ることにも成功する。フィールドワークを続けるうちに、金さんはモニターに映るカップルがどのようなケースか大体分かるようになったという

 二七日には上野千鶴子先生のトーク&サイン会、二八日には『実録・連合赤軍』の若松孝二監督のトーク。この二つの企画が続いたのは、たまたまだ。

上野先生の企画は、法研の『おひとりさまの老後』ベストセラー記念だったのだが、翌日に若松監督のトークがあることを当日になってぼくに聞かされた上野先生は、当時「石を投げていた」話からトークを始め、「『実録・連合赤軍』は観にいったが、やはり正視できなかった。」をおっしゃった。もちろん、それは映画への否定的な評価ではない。上野先生の世代の人々が持つ、不可避な「遣る瀬無さ」と感じた。

翌日、若松監督は、一時間の「メイキング」を参加者に見せた後、おもむろに会場に入った。「メイキング」上映のために照明をふさいでいたバルサ板を取ろうとするぼくを制し、「いや、顔は見えにくい方がいいから。」と嘯きながら。『実録・連合赤軍』について語ったり、会場からの質問に答えながら、若松監督は終始ニコニコしていたが、「連合赤軍」の仕業、結果を、その政治への真摯な思いを勘案せずに断罪することへの憤りの気持ちは、随所に感じられた。その思いが『実録・連合赤軍』を完成させたのだ。

世代が一つ後になると、出来事から距離を取れる。ぼくと同じ一九五〇年代末の生まれである大澤真幸は、「連合赤軍」を「理想の時代」から「虚構の時代」へのターニングポイントと、ある程度客観的に言い当てられる。ただし、ぼくらは、ほぼ同世代のエリートが起こした「オウム真理教事件」をトラウマとして抱える。大澤によれば、それは「虚構の時代」から「不可能性の時代」へのターニングポイントであった。

 『逆接の資本主義』(角川書店)、『不可能性の時代』(岩波書店)刊行記念トークセッションを、大澤先生を招いて五月一七日(土)午後三時から、大阪本店で予定しています。是非ご予約・ご来場ください。

   
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© Akira    Fukushima
 2008/04
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