本屋とコンピュータ(79)
  

        福嶋 聡 (ジュンク堂 大阪本店)

 七月五日(土)、関西大学の竹内洋先生をお招きしてトークショーを開催することができた。ちくま新書の『社会学の名著30』をとても面白く読み、ちくま新書編集部の北村善洋氏に相談したところ、すぐに担当編集者が連絡してくれて快諾を得た企画だった。

 竹内先生のトークの概略は、以下の通りである。

『社会学の名著30』を書くに当たって私が意識したのは、私自身が面白く読んだ名著を、私がどう面白く読んだか、そしてそれを現代において読むことにどういう意味があるかを読者に伝えるということだ。そして、それぞれの名著の概略ではなく、私が面白いと思った箇所に絞って書いた。名著・古典というものは只者ではなく、その全体を簡略に概説することなど不可能だからだ。

かつて大学では、しきりに「解説書ではなく原典を読め。それも原語で。」と言われた。学部学生にそんなことをいきなり要求しても、無理に決まっている。だから、私は解説書を読むことは決して悪いことではないと思っている。そうしたものを通って、本当に興味を持てそうな「原典」を読めばよいのだ。

人間は、特に若い人たちは、さまざまな悩みを自分固有のものと決めつけがちである。だが、それは、それぞれの時代が抱える悩みのパターンの一例に過ぎない。そのことを明らかにする社会学を「癒し」と私が呼んだゆえんである。“

 いつものように、二次会を設定した。“竹内先生の『教養主義の没落』はぼくの「座右の書」です。”と今回のトークを喜んでくれた入社二年目のスタッフが奔走してくれたその二次会には、同志社大学と京都大学で竹内先生が教えている院生を中心に15名ほどが集まった。

 前回、“今年10月、京阪電鉄の中之島線が開通し、われらが大阪本店からすぐの所に「渡辺橋駅」が出来れば、京都大学から直近の「出町柳駅」から、直通となる。”といった「妄想」が、こうしたイヴェントを企画すればあながち「妄想」ではないな、と思った。

 二次会で竹内先生はおっしゃった。「確かに今の大学生は、本を読まない。でも、今の大学院生をかつての大学生と思えば、それほど変わったわけではないし、ひょっとしたら、今が最悪であって、これから大学に入ってくる人たちはもっと本を読むかもしれない。『朝の読書』というのも定着しているみたいだし……。」

 いみじくもその二日後、七月七日(月)に、ジュンク堂工藤社長の代理で芦屋市教育委員会の「第1回 子供読書の街づくり推進委員会」に出席した。教育現場で、「朝読」はかなり定着しているが、学校での「朝の読書」でしか本を読まない、学習塾通いに追われる子供も多く、家では勉強するか、テレビゲームにいそしむか、「朝の読書」が「本を読む」という習慣につながっていっていない例も多いと言う。「本なんか読んでいないで、勉強しなさい!」と言う親は、今でも多いらしい。

 それに対して提唱されていたのが、「家読(うちどく)」である。家族で読書をする時間をつくるか、(父親の仕事などの関係で)それが難しければ、家族で同じ本を読んで、読書体験を共有しよう、というわけである。その一環として、「子ども読書本100選」の作成が計画される。(「読書本」というのも妙な言葉だが、「必読書」という表現には、やはり異論が唱えられた。)

 「本なんか読んでいないで、勉強しなさい!」という「教育方針」には、異論がある。一方で、家族みんなで同じ本を読む、という「家読」にも違和感がある。子供のころぼくは、親父の書棚から本を抜き出して読み始めた経験を持つが、それは決して「家族で同じ本を読もう」という意識ではなく、むしろ「盗み読み」の快楽だったからだ。「そんな本はお前にはまだ早い。」と叱られるのを怖れながら、こっそりと読む、そこに最大の快楽があったからだ。

 作家の今江祥智さんの次に発言を求められたぼくは、あとの方の違和感から話し始めた。

「水を差すようで申し訳ないのですが、『読ませたい本』というより『読ませたくない本』を選んだらいかがでしょうか?『これを読め』と言われるより、『これを読むな』と言われた方が読む気が起こります。子どもの頃のぼくもそうでした。」

 そして、前々日の竹内先生のお話も引きながら、「本なんて読まずに勉強しなさい!」という「勉強」vs「読書」という二元論そのものがおかしい、一所懸命勉強して大学に行っても、「読書」という習慣がついていないと、大学では何もできない、一体何のために必死になって勉強したのか分からなくなる、という意味合いのことを語った。

 委員会にとって建設的な意見ではなかったかもしれない。そこには、代理出席ゆえの気楽さがあったろう。「今日は工藤社長の代理ですから、あえて社長が言わないであろうことを言います。」実は「ですから」が成立しないこんな言葉で、ぼくは発言を始めたのだった。

   
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